宇宙人が攻めてくるまで考える
付箋だらけのリスク管理
昔、大規模案件や重要な作業の前になると、私は付箋だらけになっていた。
机にも壁にも付箋。
「DBが落ちる」 「担当者が休む」 「設定ファイルを間違える」 「ネットワークが切れる」 「バックアップが壊れている」
思いついたことを片っ端から書く。
当時はリスク管理なんて格好いい言葉は意識していなかった。
ただ単純に不安だったのだ。
システムというのは、こちらが想像もしない方向から平気で壊れる。
だから頭の中にある不安を全部外に出してしまおうと思った。
そして書いているうちに、だんだん変なものまで出てくる。
「地震」 「火災」 「停電」 「担当者が事故に遭う」 「宇宙人が攻めてくる」
もちろん宇宙人は来ない。
だが、そこまで出し切ることに意味があった。
人間の脳は曖昧な不安を抱えている状態が一番ストレスになる。
紙に書き出してしまうと、「ここまでは考えた」という安心感が生まれる。
リスクは知識の引き出しからしか出てこない
面白いのは、リスクというのは知識の範囲でしか出てこないことだ。
SQLインジェクションを知らなければ、そのリスクは思いつかない。
負荷試験の経験がなければ、アクセス集中による障害も想像できない。
人間関係で痛い目を見たことがなければ、ヒューマンエラーや連携ミスも軽く見積もってしまう。
つまりリスクを洗い出すという作業は、自分が何を知っていて、何を知らないのかを確認する作業でもある。
若い頃は楽観的だった。
今は違う。
経験を積むほど、失敗事例のコレクションだけが増えていく。
たぶんベテランが慎重になるのは性格ではなく、見た事故の数が多すぎるだけなのだと思う。
AI時代のリスク洗い出し
今なら付箋は使わない。
スマホに向かって喋る。
思いつくことをひたすら音声入力する。
「証明書期限切れ」 「DNS切り替え失敗」 「監視設定漏れ」 「運用手順書が古い」 「担当者しか知らない設定がある」
思考の速度を落とさず、とにかく吐き出す。
そしてAIに投げる。
「整理して」
それだけだ。
カテゴリ分けも優先順位付けも一瞬で終わる。
さらに、
「このシステムで考えられるリスクを100個挙げろ」
と投げれば、人間が思いつかなかった観点まで返してくる。
この手の作業はAIと相性がいい。
人間は途中で疲れる。
AIは疲れない。
人間が20個で「もう十分だろう」と思った後も、AIは平然と50個、100個と追加してくる。
そして最後に残るもの
もっとも、ここで一つ皮肉がある。
リスク管理が上手くなるほど、人間はだんだん臆病になる。
若い頃は「たぶん大丈夫」で突っ込めた。
今は「たぶん大丈夫」の裏に隠れている事故パターンが見えすぎる。
だからリスクを洗い出す作業は、安心を買う作業であると同時に、自分の胃を痛くする作業でもある。
そして最後には毎回こう思う。
「ここまで考えたんだから大丈夫だろう」
技術の進歩でAIは登場した。
今なら音声入力で思いつく限りのリスクを書き出し、AIに整理させ、さらに追加の観点まで出してもらえる。
昔よりはるかに効率よく「宇宙人が攻めてきた場合」まで想定できる時代になった。
だが現実は、いつも想定外のところからやってくる。
宇宙人襲来マニュアルは作った。
だが、退職した担当者の引き継ぎ資料は存在しなかった。