嫌な人を「日常のノイズ」に変えるという考え方

最近、ふと思ったことがある。

社会人を長くやっていると、どうしても「この人とは合わないな」という相手に出会う。

別に大喧嘩をしたわけではない。 ただ、話しているだけで疲れる人。 こちらの話を聞かない人。 理不尽な要求ばかりする人。

エンジニアを長くやっていると、そういう人に会う機会は嫌でも増える。

若い頃は真面目だったので、「なんとか理解してもらおう」とか「関係を改善しよう」とか考えていた。

でも最近は少し考え方が変わった。

そもそも、人間社会に一定数そういう人がいるのは当たり前なのではないか、と。

学校でもいた。 アルバイト先にもいた。 会社にもいた。 ネットにもいる。

だったら、自分の人生から完全に排除しようと考える方が無理がある。

雨の日に「なぜ雨が降るんだ」と怒っても仕方がないのと同じで、「なぜこんな人がいるんだ」と考え続けてもあまり意味がない。

ただ遭遇した。

それだけだ。

そう考えるようになってから、少し楽になった気がする。

もちろん腹は立つ。

理不尽なことを言われればムッともする。

でも、その人について帰宅後まで考え続ける必要はない。

以前は風呂に入っている時も、寝る前も、休日も、

「あの時こう言えばよかった」 「あいつは本当に腹が立つ」

などと脳内で延々と反省会をしていた。

今思うと、かなり無駄な時間だった。

相手はたぶん晩ご飯でも食べながらテレビを見ている。

なのにこちらだけが貴重な時間を消費している。

冷静に考えると損しかない。

それに、少し視野を広げると、今の日本の会社員やエンジニアはかなり守られた環境にいる。

世界には戦争をしている地域もあるし、法そのものがまともに機能していない場所もある。

それと比べれば、仕事上の揉め事なんて大半はルールの中の出来事だ。

嫌なら転職もできる。 契約を切ることもできる。 最悪、距離を置くこともできる。

昔より選択肢はずっと多い。

だから最近は、嫌な人に遭遇するとこう考えるようにしている。

「ああ、今回も確率通りに遭遇したな」

別に好きになる必要もない。

理解し合う必要もない。

必要最低限のやり取りだけして、自分の仕事を進めればいい。

コードを書く。 本を読む。 ゲームをする。 旅行の予定を立てる。

人生にはもっと面白いことがたくさんある。

嫌な人間をゼロにすることはできない。

でも、その人のことで悩む時間を減らすことはできる。

最近はそれが、大人になるということなのかもしれないな、と少し思っている。