「有料級を無料公開!」を見るたびに思うこと

最近、AIに関するネタも書き尽くしてきた。だんだん普通のブログになりつつある。

まあ、日本の情報を紹介するのもこのブログの目的であるので、テーマにあまり拘らないで書いていく。

今日は、日本のSNSを眺めていると、定期的に流れてくるタイトル

「有料級のノウハウを無料公開します!」

というやつについて、少し皮肉を書こうと思う。

最初から「なんか変な売り文句」とは思っていた。

しかし何度も見ているうちに、だんだん嫌悪感が大きくなってきた。

なぜだろう。

たぶん私は昔から、値札が付いていないものより、値札が付いているものの方を信用するタイプだからだ。


本当に有料級なら売ればいいのでは?

もちろん無料公開そのものは悪いことではない。

OSSだってそうだし、技術ブログだってそうだ。

私自身もブログを書いているし、仕事で得た知見を発信することもある。

だが、

「有料級なのに無料」

という表現にはどうしても引っかかる。

本当に有料級なら売ればいい。

1000円でも5000円でもいい。

それだけの価値があると思うなら堂々と値段を付ければいい。

それなのに、

「本当は有料なんですよ?」 「本当はすごい情報なんですよ?」 「でも今回は特別に無料なんですよ?」

という前置きが付く。

なぜだろう。

その情報の価値を説明する前に、まず価値があることを宣言しなければならない時点で、少し怪しく見えてしまう。


技術者の世界は意外とシンプル

エンジニアの世界に長くいると分かる。

本当に価値のある情報というのは、意外と地味だ。

派手なサムネイルもない。

「人生が変わる」もない。

ただ、

「この設定を忘れると本番で落ちる」

とか、

「この制限に引っかかるので設計を変えた」

とか、

そういう話だったりする。

そしてそういう情報を書いている人は、あまり自分で

「有料級です!」

とは言わない。

むしろ

「誰かの役に立つかもしれないので置いておきます」

くらいの温度感だったりする。


無料で配ること自体は否定しない

誤解してほしくないのだが、私は無料公開を否定しているわけではない。

むしろインターネットは無料情報のおかげで発展した。

Stack OverflowもGitHubも技術ブログも、無料だから価値がある。

ただ、

無料であることと、有料級であることをわざわざセットで叫ぶ必要があるのか?

という疑問があるだけだ。

ラーメン屋が

「高級料亭級の味を500円で提供!」

と毎日叫んでいたら少し不安になる。

本当にうまい店は黙って行列ができる。

それと同じ話だ。


今日もタイムラインに流れてきた

今日もまたSNSで見かけた。

「有料級の情報を無料公開します!」

という投稿を。

気になって開いてみた。

5分ほど読んだ。

そして思った。

「ああ、無料でよかった」

と。

もしお金を払っていたら、今頃レビュー欄で長文を書いていたかもしれない。

そんなことを考えながら、私はそっと画面を閉じた。

本当に価値のある情報は、「有料級」と名乗らなくても価値が伝わる。

高級レストランは自分で「高級です」と連呼しない。

そうゆうことだ