AIの未来なんて、結局わからない
最近、AI関連の話をよく書いている。
YouTubeを開けば「5年後の仕事はこうなる」「AIでプログラマーは消える」「今すぐ○○を学べ」といった話が次々流れてくる。SNSも似たようなものだ。
私もAIについてブログを書いている側なので人のことは言えないのだが、正直なところ、最近はこう思っている。
「結局、なってみないとわからないよな」
トランスフォーマーを勉強し直して思ったこと
先日、改めてLLMの仕組みを勉強していた。
トランスフォーマーがどう動いているのか。 Attentionがどう働いているのか。 なぜそれっぽい文章が生成できるのか。
技術的な部分は昔よりだいぶ理解できた。
だが、理解できればできるほど逆に不思議になる。
これ、本当にただの確率計算の塊なのか。
あるいは、この先どこかで「意識」のようなものが生まれるのか。
正直わからない。
世界中の研究者だって答えを持っていないのだから、私が数冊本を読んだくらいで結論が出るわけもない。
専門家ですら予想を外す
振り返ると、AIの未来予測なんて外れまくっている。
数年前には「あと20年は無理」と言われていたことが、今では普通にできる。
逆に「来年には完全自動化される」と言われていたものが、いまだに人間が面倒を見ている。
AIに限らず、技術の未来予測なんてそんなものなのだろう。
特に今は変化が速すぎる。
半年前の記事ですら、かなり古く感じることがある。
だから予測より適応
最近は未来を当てようとするのを半分諦めた。
もちろん予想はする。
エンジニアなので技術動向は追う。
新しいモデルも触る。
Claudeも触るし、ChatGPTも触るし、他のモデルも試す。
だが、「絶対こうなる」とは思わない。
むしろ重要なのは、
「何が起きても対応できるようにしておく」
ことではないかと思う。
AWSが流行ったらAWSを触る。
AIが流行ったらAIを触る。
Rustが必要そうならRustを勉強する。
別に未来を見通しているわけではない。
ただ、その時その時で必要そうなものを拾っているだけだ。
このブログも未来予測ではない
そもそも、このブログで書いている内容も未来予測というより日記に近い。
「今日はこう思った」
「今はこう見えている」
その程度だ。
だから数年後に読み返して、
「全然違うこと言ってるじゃないか」
となる可能性は十分ある。
というか、たぶんそうなる。
だが、それでいいと思っている。
技術者が昔の考えから全く変わっていない方が、むしろ危険だ。
結局のところ
AIに意識は生まれるのか。
プログラマーは消えるのか。
人類はAIに支配されるのか。
全部わからない。
わからないので、とりあえず今日も新しいモデルを触り、気になった論文を読み、面白そうなツールを試している。
未来予測というより、
「来た球を打つ」
それくらいのスタンスが、案外ちょうどいいのかもしれない。
少なくとも30年近くこの業界にいるが、未来を正確に当てた人よりも、変化した時にさっと動けた人の方が長く生き残っている気がする。