プライベートなデータが価値を持つ時代

AIブームの次に来るもの

最近、AI関連の記事や動画を眺めていて、少し気になることがある。

世の中では相変わらず「AIがすごい」「AIで仕事がなくなる」「AIを学ばないと置いていかれる」といった話で盛り上がっている。

もちろん、AIが大きな変化をもたらしているのは事実だ。

だが、その一方で、私は別のことを考えている。

このブームが終わった後はどうなるのだろうか。

インターネットが普及し始めた頃も同じだった。

「インターネット革命」という言葉が毎日のように飛び交っていた。しかし今では誰もそんな言葉を使わない。

なぜなら、あって当たり前になったからだ。

AIもいずれそうなるだろう。

数年後には「AIを使っています」などと言う人はいなくなる。

ワープロを使うことを自慢しないのと同じだ。

AIは特別な存在ではなく、電気やインターネットのようなインフラになる。

問題はその次である。

AIは何を食べて育っているのか

今のAIは、人類が何十年もかけて蓄積してきた知識を食べて育ってきた。

インターネット上の文章。

GitHubのコード。

論文。

書籍。

掲示板。

ありとあらゆる情報だ。

しかし最近、その土台そのものが変質し始めているように見える。

ブログを書けばAI。

コードを書けばAI。

SNS投稿もAI。

動画の台本もAI。

つまり、インターネットに流れる情報のかなりの割合が、すでにAIによって生成され始めている。

少し乱暴な言い方をすると、

AIが作ったものをAIが学習する時代

が始まっている。

コピーを繰り返すと何が起きるか

昔、カセットテープをダビングしたことがある人なら分かるだろう。

コピーを重ねるたびに音質は劣化していく。

コピーのコピーをさらにコピーすると、最後にはノイズだらけになる。

AIも同じ問題を抱えている。

もちろん最新の研究者たちもこの問題は理解している。

フィルタリングも行う。

品質評価もする。

合成データも活用する。

だが、どれも元になる現実世界のデータが必要だ。

ゼロから真実は生まれない。

AIが生成した情報だけでAIを育て続ければ、どこかで成長は頭打ちになる。

私はこれを「AIの食料問題」だと思っている。

次の競争はモデルではなくデータかもしれない

もしそうだとすると、次の競争軸は変わる。

これまでは、

「誰が大きなモデルを作れるか」

「誰が大量のGPUを持っているか」

という戦いだった。

しかし今後は、

誰が新しい現実世界のデータを持っているか

という戦いになるのではないか。

企業の業務データ。

ロボットが収集する現実世界の情報。

科学実験の結果。

顧客との会話。

人間の行動ログ。

そして何より、人間が実際に体験した失敗や成功。

こうしたものは、インターネット上に転がっている既存データとは違う。

まだ誰も持っていない「新しい情報」だ。

経験そのものが価値になる

そう考えると少し面白い。

AIが進化すればするほど、知識の価値は下がる。

調べれば出てくる情報は誰でも手に入るからだ。

しかし逆に、

「実際にやったこと」

「実際に失敗したこと」

「実際に見てきたこと」

の価値は上がる。

AIは経験談を生成できる。

だが経験そのものは生成できない。

障害対応で徹夜したこと。

炎上案件を収束させたこと。

新しいサービスを立ち上げたこと。

顧客に怒鳴られたこと。

成功して喜んだこと。

そういう現実世界との接触から生まれる情報は、これからますます希少になるのかもしれない。

おわりに

AIブームはいずれ終わる。

だがAIそのものが終わるわけではない。

むしろ空気のように当たり前の存在になる。

そしてその先では、「どれだけAIを使えるか」ではなく、

どれだけ新しい現実を持ち帰れるか

が問われる時代になるのではないだろうか。

そんなことを考えながら、今日もAIが書いた記事をAIで要約し、その感想をAIに相談している。