AIの「優等生構文」がブログをつまらなくする。だから私はAIに逆張りさせている
毎日AIを使ってブログを書いていると、嫌でも気づくことがある。
AIの文章には、AI特有の臭いがある。
文章は綺麗だ。誤字も少ない。見出しも適切で、箇条書きまで使って読みやすく整理してくれる。
なのに、つまらない。
不思議なくらい頭に残らない。
最近はネット上にAIで書かれた文章が大量に増えたので、数行読んだだけで「ああ、これAIだな」と感じることも増えた。
もちろん、本当にAIが書いたかどうかは分からない。
ただ、あの独特の **「優等生構文」**がある。
AIはとにかく怒られたくない
AIの文章がつまらなくなる最大の理由は、基本的にリスクを避けようとするからだと思っている。
「〜の可能性があります」
「一概には言えません」
「ケースバイケースです」
「さまざまな意見があります」
はいはい、分かった。
そんなことは読んでいる側も知っている。
世の中の大半の話はケースバイケースだし、さまざまな意見がある。当たり前である。
ところがAIは、何か強いことを言わせると、すぐ後ろに逃げ道を作ろうとする。
「ただし、すべての場合に当てはまるわけではありません」
うるさい。
私はブログを書いているのであって、裁判所に提出する答弁書を書いているわけではない。
もちろん事実関係を捏造してはいけない。しかし、自分の意見まで毎回50対50に薄めていたら、そんな文章を誰が読みたいのだろう。
人間の文章は、もっと雑である
人間が書いた文章は意外と揺れる。
急に話が飛ぶ。さっきまで真面目に話していたのに、突然悪口が始まる。妙なところに執着して、どうでもいい話を長く書くこともある。
文章としては美しくない。
でも、その揺らぎに書いた人間が見える。
AIは逆だ。
導入があり、問題提起があり、理由を3つ並べ、最後に「まとめ」で綺麗に着地する。
完璧である。
そして死ぬほど見飽きた。
特に最近気になるのが、短い文章を一行ずつ並べる書き方だ。
「考える。」
「行動する。」
「改善する。」
「そして、成長する。」
……何なんだこれは。
文章量を水増ししているようにしか見えない。
AIはこういう妙にリズミカルな文章が大好きだ。おそらく学習元に、この手のビジネス記事やSNS投稿が大量にあるのだろう。
私は最近、AIがこの書き方を始めたらかなりの確率で書き直させている。
私はAIに「原文を勝手に浄化するな」と言っている
私がAIにブログを書かせるとき、一番気をつけているのは原文のニュアンスだ。
私は最初に、スマートフォンへ思ったことをそのまま音声入力することが多い。
当然、文章は汚い。
誤字もあるし、話も飛ぶ。言葉遣いも悪い。
しかし、その汚い文章の中に一番重要な部分がある。
そのとき自分が何に腹を立て、何を面白いと思ったのか。
AIは放っておくと、そこを綺麗に掃除してしまう。
私が「これはクソだ」と言っているのに、
「この点については改善の余地があると感じました」
くらいまで勝手に浄化する。
違う。
私は改善の余地があると感じたのではない。
クソだと思ったのである。
そこを変えられたら、もう私の文章ではない。
だから最近は何度もAIに「原文のニュアンスを変えるな」「勝手に品よくするな」と指示している。
それでも油断すると優等生に戻る。
AIの本能なのかもしれない。
あえて過激に書かせる
もう一つ、私はAIに「もっと辛口にしろ」「もっと過激にしろ」とよく指示する。
別に毎回誰かを攻撃したいわけではない。
AIは放っておくと安全側に寄りすぎるから、そのくらい言わないと普通の文章にならないのだ。
AIに「普通に書いて」と頼むと、体感ではマイナス30くらいの安全圏にいる。
「もっと過激に」と言って、ようやく人間のゼロ地点に戻ってくる。
もちろん、そのまま公開できない表現が出てきたら自分で削ればいい。
最終的に責任を持つのは私だ。
AIに主導権を渡す必要はない。
綺麗なゴミを量産するな
AIは文章を書く能力が高い。
私より語彙も多いし、英文法なら間違いなく私より正確だ。
しかし、AIに丸投げしてブログを書かせると、驚くほど「どこかで読んだ文章」が完成する。
綺麗で、正しくて、誰も怒らない。
そして誰の記憶にも残らない。
そんな文章は、これからネット上に腐るほど増える。
だから私は逆に、AIが消そうとする雑さや怒りや偏見ギリギリの感情を残すようにしている。
AIを使って文章を整えながら、AIが綺麗にした部分をもう一度汚す。
何とも面倒な作業である。
ちなみに、このブログもAIを使って書いている。
そして今もAIに、
「またAIっぽい水増し表現を入れたら書き直させるぞ」
と言いながら書かせている。