橘玲の未来予測は、だいたい「マイルド」に当たる

私は評論家の橘玲氏をかなり買っている。

彼の本は昔からよく読んでいるし、社会の構造や人間の行動をかなり冷静に見ている人だと思う。

もちろん、全部正しいとは思っていない。

ただ、10年、20年前に書かれた本を今になって読み返すと、「この人、方向性はかなり当てているな」と感じることが多い。

一方で、面白いことにも気づく。

橘玲氏の予測は、実際の未来より少し大げさなのである。

いや、少しどころではないかもしれない。

しかし私は、これを欠点だとは思っていない。

本を売るためには、そのくらい書く必要があるのだろう。

日本は衰退した。でも、予測より地味だった

橘玲氏はかなり以前から、日本の衰退について書いていた。

少子高齢化が進み、イノベーションが停滞し、日本は世界の成長から取り残されていく。円の価値も下がっていく。

大筋では、その通りになったと思う。

今の日本を見て「世界経済を引っ張る成長国家だ」と言う人は、さすがに少ないだろう。

円も安くなった。

外国人観光客からは「日本は安い」と言われる。

日本人にとって海外旅行は高くなり、海外の物価を見て驚くことも増えた。

方向性としては、かなり当たっている。

ただし、橘玲氏が本の中で描いていた未来は、もっと派手だった記憶がある。

日本企業は外国資本に次々と買われ、名前すら変わっていく。

物価が暴騰し、缶ビールが1000円になる。

駅にはホームレスや物乞いがあふれる。

そんな世界だ。

実際には、そこまでにはなっていない。

外国資本が日本企業の株を大量に保有していても、会社の名前は普通に日本企業のままだ。

物価は上がったが、缶ビールは1000円ではない。

駅にホームレスがあふれているわけでもない。

では、予測は外れたのか。

私はそうは思わない。

予測された世界が、もっとマイルドな形で現実になっただけではないか。

貧困は、ホームレスという姿では現れなかった

日本人は確実に相対的に貧しくなった。

しかし、その貧困は「駅に物乞いがあふれる」という分かりやすい形では現れなかった。

普通の服を着ている。

スマートフォンも持っている。

仕事もしている。

それでも生活は苦しい。

給料はそれほど増えないのに、食品や光熱費は上がる。海外旅行は高級品になり、外国人観光客が日本の物価を見て「安い」と喜んでいる。

おそらく橘玲氏が予測していた「日本人が貧しくなる」という本質はこちらなのだろう。

ただ、

「日本人は20年かけて、気づかない程度の速度で少しずつ相対的に貧しくなります」

と書いても、本は売れない。

「缶ビール1000円。駅にはホームレスがあふれる」

こちらの方が圧倒的に強い。

私が編集者でも、たぶん後者を選ぶ。

「円安で日本大復活」も、やはりマイルドだった

一方で、日本経済については逆方向の未来予測もあった。

円安になれば日本は復活する。

日本製品が安くなり、輸出企業が儲かる。工場が国内に戻り、再び「安くて品質のいい日本製品」が世界を席巻する。

これも半分くらいは当たっている。

輸出関連企業を中心に業績は悪くない。株価も高い。

少なくとも、日本全体が大不況で沈没しているわけではない。

しかし、「日本大復活!」という実感があるかと言われると微妙である。

そもそも、日本が得意だった「安くて品質のいいものを作る」というモデルは、すでに中国やインドなどに取られている。

円安になったからといって、1980年代の日本に戻れるわけではない。

さらに、企業業績が良くても、国民の収入が世界基準で下がっていけば意味がない。

景気が良くても、給料が途上国レベルなら、そこで暮らす人にとっては「経済大復活」ではない。

今の日本を見ていると、景気は数字上それほど悪くない。しかし国民生活は苦しいという、なんとも中途半端な状態に見える。

これも未来予測より、ずっとマイルドだ。

橘玲氏は間違えたのか

私はそうは思わない。

むしろ逆である。

社会がどちらに向かっているのかは、かなり正確に見ていたのではないかと思う。

ただし、本には商品としての事情がある。

未来予測をそのまま地味に書いても売れない。

「今後、日本はゆっくり衰退する可能性があります」

弱い。

「日本人は貧しくなり、缶ビールが1000円になる」

強い。

Amazonで並んでいたら、どちらをクリックするかは明らかだ。

橘玲氏ほど長く本を書いている人が、そんなことを分かっていないはずがない。

方向性を読む能力と、その方向性を売れる文章にする能力は別物である。

そして彼は、おそらく両方が非常に上手い。

だから私は橘玲氏をかなり買っている。

未来予測は「半分薄めて」読む

最近、私は未来予測の本を読むとき、少しだけ頭の中で薄めるようにしている。

方向性はそのまま受け取る。

ただし、数字や悲惨さは少し割り引く。

「缶ビール1000円」と書いてあれば、「物価が上がり、生活が苦しくなる」。

「駅にホームレスがあふれる」と書いてあれば、「見えにくい貧困が増える」。

「日本企業が外国企業になる」と書いてあれば、「外国資本の影響力が強くなる」。

そう翻訳すると、昔の未来予測は驚くほど現在に近い。

世界は映画のようには崩壊しない。

もっと地味に変わる。

そして10年後に振り返ると、

「あれ? 表現は大げさだったけど、言っていた方向には来てないか?」

と気づく。

橘玲氏の未来予測は、外れているようで外れていない。

少しマイルドにすると、かなり当たっている。

だから私は今でも彼の本を読む。

ただし、書いてある未来をそのまま信じるのではなく、頭の中で少しだけボリュームを下げながら。