「知人」は acquaintance じゃないの!? 辞書には書いてない英語のリアル

英語を勉強していると、ときどき「今まで何を覚えてきたんだ……」と思う瞬間がある。

最近、その代表格に出会った。

学校で習った英語では、

知人 = acquaintance

と覚える。

私もTOEICの勉強をしていた頃は、何の疑いもなくそう覚えていた。

ところが先日、日本に住んでいる外国人YouTuberが、こんなことを言っていた。

「人生で自分から acquaintance なんて使ったことがない。」

え?

じゃあ、あの単語は何だったんだ。

何十年も信じてきた私は、一体何を覚えさせられていたんだ。

もちろん、辞書には載っている。

英語として間違っているわけでもない。

でも日常会話では、「知り合い」くらいの相手でも friend と言ってしまうことが多いらしい。

日本人の感覚だと、「いや、その距離で友達なの?」と思うような相手まで friend の守備範囲に入る。

これだから言語は難しい。

辞書には「意味」は書いてある。

でも、「どこまでその単語を使うのか」という守備範囲までは書いていない。


同じことは sorry にも感じる。

学校では「ごめんなさい」と習う。

ところが実際は、

「すみません。」

「失礼。」

「お気の毒です。」

「もう一回お願いします。」

全部 sorry だったりする。

文脈を聞かなければ、何を意味しているのか分からない。

辞書だけ見ていると、「ごめんなさい」という意味しか頭に入らないが、実際にはもっとずっと便利な万能単語だ。


これに関連して、TVでやってたバラエティ番組のあるシーンを思い出した。

子供の頃アメリカにいた帰国子女の女優さんである。英語はネイティブ、だけどアメリカロケで看板を見て

heritageって何?

どんな意味?と聞いていた。

どうやら「遺産」という単語自体がわからなかったようである。

中学生の時に日本に帰ってきた事情があり、その後は日本の学校に進んだので難しい単語は苦手という言い訳をしていたが。

でも、、、heritageって日本の高校でも習うよね?というツッコミはいったん置いておく(笑)

まったく逆説的だが、学習で覚える語彙と日常生活で身につける語彙はまったく違うってことである。


こういうことを知るたびに思う。

私はそれなりに英語が理解できる。

英語の記事も毎日読んでいる。

それでも、母国語として英語を話す人の感覚とは、まだまだ距離がある。

単語は知っている。

文法も分かる。

でも、「ネイティブならここで何と言うか」は、また別の能力なのだ。

最近は、そんなものだと思うようになった。

完璧な英語なんて目指さない。

片言でも仕事ができれば十分。

通じれば勝ち。

あとは少しずつ、こういう「辞書には載っていない英語」を拾っていけばいい。

……それにしても、acquaintance

あれだけ受験英語で覚えさせておいて、「実際はあまり言いません」は、先に教えてほしかった。