【歴史のリアル】戦国時代に「軍師」はいなかった?歴史学者の話で一番驚いたこと

歴史系のYouTubeを見ていた。

もちろん何でも信じるわけではない。なるべく歴史学者や大学の先生が解説しているものを見るようにしている。

その中で、一番面白かったのが「戦国時代に軍師なんていなかった」という話だった。

※戦国時代とは、15世紀から16世紀かけて日本全国で起きた内乱の時代である。

最初は「いやいや、竹中半兵衛や黒田官兵衛がいるじゃないか」と思った。

ところが歴史学者の解説を聞いていると、どうやら私たちが思い描いている 「天才軍師」のイメージそのものが後世の創作らしい。

その原型になったのが、中国の『三国志演義』に登場する諸葛孔明である。

主君の隣で奇策を授け、圧倒的不利な状況をひっくり返す。

日本人が思い浮かべる「軍師」は、実はこのイメージをかなり引きずっているという。

正史の諸葛孔明は少し違う

歴史学者によれば、正史に登場する諸葛孔明は、小説のような「奇策の天才」というより、政治や兵站を担当する行政官としての役割が大きかったそうだ。

国を運営し、人材や兵糧を管理し、軍隊が戦える状態を維持する。

もちろん軍事にも関わるが、『三国志演義』のような神がかった軍師像とは少し違う。

小説として面白く脚色された孔明像が日本にも伝わり、そのまま戦国時代にも当てはめられたらしい。

戦国時代に「天才参謀」は成立しない

さらに納得したのがここだった。

戦国時代の軍隊は、現代の自衛隊のような組織ではない。

各地の武士が、それぞれ家来を連れて集まった寄せ集めである。

通信手段もない。

伝令は人が走るしかない。

そんな状況で、

「右翼は敵を引きつけろ。」

「左翼はその動きに合わせて包囲しろ。」

そんな細かい作戦を本当に実行できるのか。

歴史学者の答えは「難しい」。

言われてみればその通りだ。

映画やゲームでは当たり前に見えるが、現実には命令が届く頃には戦況が変わっている。

大将が出せる命令は、「攻めろ」「退け」くらいが限界だったという説明の方が、よほど現実味がある。

人を動かしたのは作戦ではなく権威

では、寄せ集めの武士たちをどうやってまとめたのか。

歴史学者によれば、ここで重要だったのが占いだったという。

戦勝祈願や陰陽師による吉凶判断、神仏のお告げなど、現代人から見ると非合理に思えるものが、当時は大きな権威だった。

理屈で作戦を説明するより、

「神のお告げだから」

その一言の方が、多くの武士を納得させられたらしい。

現代人は笑うかもしれない。

しかし会社でも、「社長が決めた」の一言で議論が終わることは珍しくない。

人間は五百年くらいでは、それほど変わらないのかもしれない。

歴史より、物語の方が有名になった

もちろん、有能な家臣や相談役は実在した。

だから「軍師が全くいなかった」と言い切るつもりはない。

ただ、現代人が思い浮かべるような、主君の横で次々と奇策を授けるスーパー参謀は、かなり物語が作り上げたイメージらしい。

殿様が一人で悩むより、天才軍師とのコンビの方がドラマになる。

小説家としては大成功だろう。

その結果、小説のイメージが何十年、近代以前の歌舞伎なども含めると数百年かけて、今では史実より有名になってしまった。

次に歴史ドラマで軍師が地図を広げ、「ここを突けば勝てます」と言い始めたら、私はたぶん思い出す。

「その作戦、本当は先に占いで決まっていたんじゃないの?」と。