エンジニアに「感性」は難しい。AI画像生成で思い知った話
このブログは、ほぼ自動でYouTubeへ動画として公開される。
記事を書く。
AIが英語へ翻訳する。
自動音声を作る。
動画を生成する。
YouTubeへアップロードする。
ここまでは完全にエンジニアの仕事だ。
仕組みを考え、プログラムを書き、自動化する。
むしろ一番楽しい部分である。
ところが、一つだけ、なかなか決められない作業があった。
画像だ。
動画のサムネイルや途中で表示するイラストを作る際に、紆余曲折した。
最初は単純だった。
ブログのトップページが浮世絵なので、「じゃあ画像も浮世絵で統一しよう」と考えた。
ところが、これが全然うまくいかない。
人間を描かせると、なぜか怖い。
動物を描かせても、今度はリアルすぎて怖い。
「じゃあアニメ風にしよう。」
「もっとデフォルメしよう。」
「背景を減らそう。」
エンジニアらしく、一つずつ条件を変えながら試していく。
それでも、どこか違う。
そんなことを繰り返していて、ようやく今のところ落ち着いたのが鳥獣戯画風である。
これが意外なほどしっくりきた。
考えてみると、鳥獣戯画は本当によくできている。
情報量が少ない。
動物はリアルではなく、ほどよくデフォルメされている。
墨だけなのに表情がある。
しかも、見ていて不快感がない。
昔の人は「かわいい」という言葉を使っていたのか知らないが、少なくとも今見ても親しみを感じる。
そう考えると、鳥獣戯画は何百年も前に完成していた優れたキャラクターデザインなのだろう。
ここで改めて思った。
やっぱり私はデザイナーではない。
昔、大きな会社で働いていた頃、隣にはデザイン部門の人たちがいた。
ゲームやWebサイトのデザインを何度も描き直していた。
当時は、「そこまで何度も修正する必要があるのかな」と思っていた。
でも今、自分で画像を作る立場になって分かる。
彼らが見ていたのは、私には見えていない世界だった。
エンジニアは、「なぜ良いのか」を分析する。
デザイナーは、「何となく違う」を見抜く。
この差は思っていた以上に大きい。
もちろん、私は明日からデザイナーにはなれない。
だから今回も、結局はエンジニアらしく考えることにした。
鳥獣戯画が良いなら、
なぜ良いのか。
情報量なのか。
デフォルメなのか。
色数なのか。
線の太さなのか。
それを分解して、AIへのプロンプトに落とし込む。
感性そのものは真似できない。
でも、感性を分析して再現しようとすることなら、エンジニアにもできる。
もっとも、本当に鳥獣戯画風になっているかどうかは分からない。なんか微妙に違う気もする。
その辺は、デザイナーの人にはあまり細かく見ないでもらえると助かる。