AIに「完璧な指示」を求めると、Claude Codeを使う意味が薄れるという話

最近、Claude Codeで話題になっているスキル /grill-me を試してみた。

これはAIが勝手に実装を始めるのではなく、人間へ徹底的に質問を投げかけ、認識のズレをなくしてから作業を始めるためのスキルである。

発想としては非常に理にかなっている。

開発の手戻りは、「思い込み」や「認識違い」が原因で起きることが多い。だったら最初に全部確認してしまえばいい。

実際に使ってみると、評判が良い理由もよく分かった。

「そこはどういう意味ですか?」

「優先順位は?」

「例外ケースは?」

「将来的な拡張は考えていますか?」

自分では考えていなかった論点まで掘り下げてくるので、要件定義の質は確実に上がる。

特に業務システムでは役に立つ場面が多いだろう。

ただ、一通り試した後の感想は少し違った。

「これなら最初からCodexでいいな。」

Claude Codeの魅力は「いい感じ」である

私は普段、Claude CodeとCodexを使い分けている。

だから余計に感じるのかもしれない。

Claude Codeの一番の魅力は、人間が全部説明しなくても「たぶんこういうことだろう」と推測して仕事を進めてくれるところにある。

もちろん外すこともある。

しかし、その推測が人間の想像を超えてくることも少なくない。

「そんな実装があったのか。」

「その設計の方が綺麗だな。」

そう思わされる場面が何度もあった。

だから私は、Claude Codeには多少の余白を残して仕事を任せることが多い。

/grill-me は真逆の思想だった

/grill-me は、その余白をできるだけなくそうとする。

AIが勝手に解釈しないよう、人間へ質問を重ね、仕様を固めてから実装する。

この考え方は間違っていない。

むしろ、本番システムでは非常に合理的だ。

ただ、ここまで仕様を詰めるなら話が変わる。

人間が細部まで言語化する。

AIはその通りに実装する。

それなら私の中ではCodexの役割になる。

Claude Codeに期待している能力とは少し違う。

だから、「Claude Codeで細かく仕様を固める」というより、「Claude CodeをCodexのように使っている」感覚になってしまった。

AIは縛るほど、飛べなくなる

最近はAIの使い方として、

「このテンプレートを使え」

「このルールを書け」

「このガードレールを入れろ」

という話をよく見かける。

もちろん、それで品質が上がる場面はある。

しかし、制約を増やすということは、AIが自由に発想する余地を減らすことでもある。

Claude Codeを使っていて一番面白いのは、人間が思いつかなかった提案をしてくる瞬間だ。

仕様書には書いていない。

こちらも考えていない。

それでも「こちらの方が自然では?」と提案してくる。

あれがClaude Codeらしさだと思っている。

最初からレールを一本も外れられないようにしてしまったら、その面白さはなくなる。

結局は使い分けなのだと思う

もちろん、/grill-me を否定しているわけではない。

大規模開発や、失敗が許されない案件では、とても強力なスキルだと思う。

実際、多くの開発者から高く評価されている理由も理解できた。

ただ、私がClaude Codeに期待しているのは、そこではなかった。

私は「仕様を忠実に実装するAI」が欲しいときはCodexを使う。

「少し曖昧でも、人間以上の発想を返してほしい」ときはClaude Codeを使う。

その違いが、今回改めてはっきりした。

AIに求めているものは、意外と矛盾している

AIには「もっと考えろ」と言う。

だからAIは確認のために質問を始める。

すると今度は、「質問が多くて面倒だ」と言う。

人間というのは、なかなか勝手な生き物である。

結局、多くの人が欲しいのは、自分の考えを100%理解し、確認は一切せず、それでいて絶対に間違えないAIなのだろう。

……それはAIではない。

「自分のクローン」を作ろうとしているだけである。