システムは完成した。お客だけが来なかった

2020年の終わり頃、ライブ通販サイトの構築案件に参加した。

Eコマースの会社が、ライブ動画で商品を売り込むためのサイトである。

いまで言うライブコマースだ。

当時、中国ではライブコマースが爆発的に成功していた。

カリスマ販売員が生配信で商品を紹介し、数分で在庫が溶ける。

あれを日本でもやりたい、という案件だった。

時代の追い風もあった。

コロナ禍で、店舗にお客を呼べない。

ならば配信で売るしかない。

発注側の熱量は、高かった。

技術的には、面白い案件だった

作るものは、盛りだくさんだった。

配信側は、WEBサイトからライブ動画を配信する。

動画基盤にはAWSのMediaLiveを使う。

視聴者側には、Ionicで受信専用アプリを提供する。

バックエンドはAmplifyを使ったサーバレス構成。

動画配信、アプリ、サーバレス。

エンジニアとしては、ごちそうのような技術スタックである。

開発は順調だった。

配信は安定して届いた。

アプリも動いた。

納期にも間に合った。

システム開発としては、文句なしの成功だったと思う。

問題は、ここから先である。

お客が、来ない

サービスは無事にローンチした。

配信も始まった。

そして、静かだった。

視聴者が、来ないのである。

来ないというのは言い過ぎかもしれない。

ただ、事業として成立する数字には、遠く及ばなかった。

考えてみれば、当然の壁がそこにあった。

中国のライブコマースは、巨大なプラットフォームの上で動いている。

もともと何億人もいる場所で配信するから、人が集まる。

一方こちらは、独自サイトと独自アプリである。

配信を見てもらうには、まずアプリを入れてもらわなければならない。

アプリを入れてもらうには、まずサービスを知ってもらわなければならない。

その「知ってもらう」が、一番難しいのだ。

システムはお客を迎える準備を完璧に整えて、ずっと入口を見つめていた。

入口の外に、人がいなかった。

動いているだけで、お金は減っていく

さらに切ないのは、ランニングコストである。

動画配信基盤というのは、動かしているだけでお金がかかる。

MediaLiveは起動している時間ぶん課金される。

視聴者がゼロでも、配信すればコストは満額かかる。

売上がなくても、AWSの請求書は毎月律儀にやってくる。

やがて、先方から連絡が来た。

運用費が、もう払えない。

保守契約は終了。

そして、こう続いた。

「あとは自分たちで保守します」

私は思った。

いや、御社にエンジニア、いないはずでは。

Amplifyのコンソールを、誰が開くのだろう。

MediaLiveの設定を、誰が触るのだろう。

もちろん、口には出さなかった。

あれはたぶん、保守の宣言ではなかったのだ。

これ以上お金は出せない、という、店じまいの挨拶だったのだと思う。

システムの成功と、ビジネスの成功

この案件を、私は失敗案件だとは思っていない。

要件通りのものを、納期通りに、ちゃんと動く品質で納めた。

システム開発としては成功である。

でも、ビジネスは失敗した。

そして両者が別物であることを、これほど分かりやすく教えてくれた案件もなかった。

エンジニアは「動くもの」を作れる。

しかし「お客が来る理由」は作れない。

どれだけ美しいサーバレス構成も、どれだけ安定した配信基盤も、集客の代わりにはならないのである。

システムは、ビジネスという料理の、皿でしかない。

皿がどれだけ立派でも、料理がなければ誰も席に着かない。

当時の私は、良い皿を作ることだけを考えていた。

それでも見積もりのとき、考えてしまう

以来、私には妙な癖がついた。

新しい案件の相談を受けると、頭の中で勝手に考えてしまうのである。

これ、お客は来るんだろうか。

売上は、ランニングコストを超えるんだろうか。

余計なお世話である。

私は開発を頼まれているのであって、事業計画を頼まれているわけではない。

それでも、あのとき静かだった配信画面を思い出すと、つい考えてしまう。

最近はAIのおかげで、開発コストがどんどん下がっている。

つまり「作ってみてから考える」ことのできる時代になった。

小さく作って、小さく試して、ダメなら小さく畳む。

あの案件がいまの時代なら、もっと小さな傷で済んだのかもしれない。

技術は、あれから随分進歩した。

ただ、どれだけ開発が速く安くなっても、変わらない真実が一つある。

システム開発の成功は、ビジネスの成功を保証しない。

皿を作る人間として、せめて料理の心配くらいはしながら、今日も皿を作っている。