「安い日本」を、エンジニアの単価で実感してしまった話

LinkedInを使っていると、否応なしに目に入ってくるものがある。

海外エンジニアの、給与水準である。

アメリカのシニアエンジニアの求人が流れてくる。

年収20万ドル。

いまのレートで、ざっくり3000万円である。

シリコンバレーの有名企業の話ではない。

普通の事業会社の、普通のシニアポジションで、この数字が並んでいる。

一方、日本のフリーランス市場を見る。

月単価80万円といえば、「高単価案件」として募集がかかる水準である。

年に直せば1000万円弱。

同じAWSを触り、同じようにLLMを組み込む仕事で、3倍の差がある。

しかも向こうは会社員の給与で、こちらはフリーランスの売上だ。

保険も年金も自前で払った残りが、私の取り分である。

この差を眺めながら、今日は少し正直な話をしたい。

昔から安かったわけではない

誤解のないように言うと、日本のエンジニアは昔から安かったわけではない。

私がこの業界に入った1996年頃、日本のIT産業は世界的に見ても、別に安くなかった。

為替も違った。

1ドル100円前後の時代、日本の給与をドルに直せば、それなりの数字になった。

変わったのは、この30年である。

日本の給与は、ほぼ横ばいだった。

アメリカのエンジニア給与は、ITブームのたびに階段を駆け上がった。

そこに円安が重なった。

横ばいの円建て給与を、安くなった円で換算するのだから、差は掛け算で開く。

気がつけば、3倍である。

ゆでガエルという言葉があるが、お湯の中にいた実感すらない。

ずっと同じ温度だと思っていたら、外の世界の温度が上がっていたのである。

単純比較は、フェアではない。でも

もちろん、この比較には但し書きがいる。

アメリカの給与には、リスクのプレミアムが乗っている。

業績が傾けば、あっさり解雇される。

実際、大手テック企業のレイオフのニュースは、毎年のように流れてくる。

医療費も高い。

生活コストも高い。

サンフランシスコの家賃を聞けば、3000万円の年収が少し違って見えてくる。

日本の雇用の安定や、社会保障や、治安は、給与明細に載らない報酬である。

それは分かっている。

分かった上で、それでも思うのだ。

3倍は、開きすぎではないか。

但し書きで説明できるのは、せいぜい1.5倍までだと思う。

残りの差は、単純に、日本のITが「安く買われている」ことの反映である。

理屈の上では、チャンスである

ここで、理屈の上では明るい話ができる。

円安とは、輸出業者に有利な環境である。

エンジニアのスキルも、輸出できる。

リモートワークが当たり前になった今、海外の仕事を日本の椅子に座ったまま受けることは、技術的には可能だ。

海外から見れば、日本のエンジニアは「品質のわりに安い」お買い得品である。

実際、そうやって海外案件を受けている日本のエンジニアも、ちらほら見かける。

私はTOEICのスコアだけなら885ある。

履歴書の上では、英語で仕事ができそうな数字である。

では、やっているのか。

やっていない、という正直な話

やっていない。

理由を並べることはできる。

商談の英語と、テストの英語は別物である。

時差がある。

契約や税金の面倒がある。

長年の国内の取引関係がある。

どれも本当だ。

でも、一番本当の理由は、たぶんもっと単純である。

踏み出すのが、億劫なのだ。

50代になって、いまさら慣れない言語で、慣れない商習慣の相手に、自分を売り込みに行く。

想像しただけで、少し疲れる。

国内の仕事は、ありがたいことに途切れていない。

日々の仕事が回っていると、人間は構造の変化から目を逸らせる。

ゆでガエルの正体は、怠惰ではなく、現状がそこそこ快適なことなのである。

せめて「良いから」選ばれたい

それでも最近、海外発の仕事の話が、以前より増えてきた気配はある。

日本市場に進出したい海外企業。

日本語のデータを扱いたいAI企業。

そういう文脈で、日本のエンジニアが必要とされる場面である。

声がかかるのは、率直に言えば、安いからだろう。

品質のわりに安い。

勤勉なわりに安い。

複雑な気分である。

ただ、入口が「安いから」でも、次も選ばれる理由は「良いから」にできる。

30年この仕事をやってきて、値段で始まった取引が、品質で続いていく例は何度も見てきた。

日本のエンジニアに残された戦い方は、当面それなのだと思う。

安く見つかって、良くて手放せなくなる。

悔しさはある。

でも、悔しがっているだけの30年が、この状況を作ったのだ。

まずは英語のプロフィールでも、書き直すところから始めようと思う。

このブログの英訳を続けているのも、実はその一歩だったりする。