「ボタン1つで環境構築」を作りながら、自分の仕事を消している気がした話
少し前に、ちょっと変わったインフラ案件をやった。
複数のWEBアプリケーションに対して、AWSのバックエンド環境を最速で提供するためのベースシステムを作る、という仕事である。
WEBアプリ自体は、別のチームが作る。
私たちが作るのは、そのアプリたちが動く環境を、ほぼボタン1つで構築できる仕組みのほうだ。
新しいアプリが増えるたびに、CI/CDのパイプラインが動的に増える。
CDKを使って、ECSやAPI Gatewayも動的に増える。
インフラ構築の作業そのものを、システムに封じ込める案件である。
技術的には、かなり歯ごたえがあった。
そして、作っている途中で、妙な感覚に襲われた。
これが完成したら、私の仕事は要らなくなるのではないか。
環境構築は、職人芸だった
私は長年、環境構築でメシを食ってきた部分がある。
新しいプロジェクトが立ち上がる。
AWSのアカウントを整え、ネットワークを切り、コンテナの実行環境を組み、CI/CDを通し、監視を仕込む。
一式そろえるのに、かつては数週間かかった。
手順は複雑で、落とし穴が多く、経験がものを言う。
だからこそ、私のような人間に依頼が来る。
環境構築は、職人芸だったのである。
今回の案件は、その職人芸を「ボタン」の中に封じ込める仕事だった。
私が数週間かけてやっていたことを、誰でも、数分で、間違いなく再現できるようにする。
つまり私は、自分の職人芸を、せっせと自動化していたのである。
伝統工芸の職人が、自分の技を完全再現する機械を、自分で設計しているようなものだ。
しかも納期付きで。
エンジニアは、ずっと他人の仕事を自動化してきた
考えてみれば、エンジニアという職業は、30年間ずっと自動化をやってきた。
手作業の伝票処理をシステムにした。
電話の受付をWEBフォームにした。
在庫の管理を自動にした。
そのたびに、誰かの仕事のかたちを変えてきた。
私たちは自動化する側であり、それを疑ったことはあまりなかった。
その矛先が、ついに自分に向いてきたのである。
因果応報と言えなくもない。
インフラの世界では、実はこの流れは今回が初めてではない。
物理サーバの時代、サーバを組んでラックに載せる仕事があった。
クラウドが来て、その仕事は消えた。
「インフラエンジニア不要論」が流れた。
だが実際には、仕事は消えず、一段上に移動した。
サーバを組む代わりに、構成をコードで書くようになった。
今回は、その「コードを書く」すら、ボタンに封じ込める番が来たわけである。
階段は、また一段上がる。
ボタンを押した先で、何が起きたか
では、システムが完成して、私の仕事はなくなったのか。
なくならなかった。
起きたことは、こうである。
まず、ボタンの中身を知っている人間が、結局必要だった。
ボタンは万能ではない。
想定から外れた要件のアプリが来れば、ボタンの外側で対応がいる。
ボタン自体も、AWSの仕様変更に合わせて手入れがいる。
そして何より、「次のボタン」を作る仕事が来た。
一つ自動化がうまくいくと、周囲は「あれもボタンにできないか」と考え始める。
自動化は、自動化の仕事を生むのである。
職人芸を機械に封じた職人は、失業しない。
道具屋に転職するのである。
ただし今回は、少し様子が違う
ここまでは、過去の技術の波と同じ話だ。
ただ、今回の波には、これまでと違う点が一つある。
この案件で、CDKのコードのかなりの部分を、AIに書かせた。
要件定義の内容から、AIがCDKを生成する。
私は、それを検証して、直して、組み込む。
つまり、「ボタンを作る」という職人芸の部分にも、すでにAIが入り込んでいるのである。
階段を一段上れば安全地帯、という時代は終わったのかもしれない。
上った先の段にも、もうAIが来ている。
階段を上るスピード自体を、上げ続けなければならない。
50代の膝には、なかなか堪える話である。
道具屋として生きていく
それでも、悲観はしていない。
30年間、自動化の波を3回か4回くぐってきて、毎回同じことが起きた。
仕事は消えず、かたちを変えた。
そして、かたちが変わるたびに、前のかたちを知っている人間が重宝された。
ボタンを押すだけの人と、ボタンの中身を組める人と、ボタンの存在しない問題に向き合える人。
波が来るたびに、この三層の一番下が自動化され、残りの二層が上にずれる。
だから、やることは変わらない。
自分の仕事を、ためらわずに自動化する。
そして空いた手で、まだ誰も自動化していない仕事を拾いに行く。
自分の職人芸に義理立てして、自動化を渋った職人から順に、波に飲まれていく。
薄情なようだが、この業界はずっとそうだった。
私は今日も、自分の仕事を消すためのコードを書いている。
たぶんそれが、この仕事を長く続ける唯一の方法なのである。