官公庁案件で学んだ、正しい「石橋の叩き方」
2025年の前半、官公庁関連のPOC案件に参加していた。
官公庁にシステムを納品しているSIベンダーさんの案件である。
テーマは、クラウド。
AWSを使って、セキュリティを担保した上で、公共システムをどこまで実現できるか。
それを検証するプロジェクトだった。
私の役割は、技術調査とサンプルプログラムの作成。
ドキュメント作成や調整ごとは、別のSEさんが担当する。
私は技術に特化した、2名体制の片割れである。
民間のWEB開発を長くやってきた人間として、この案件は、なかなか文化の違いを感じるものだった。
今日はその話をしたい。
「とりあえずAWSに置く」が通じない世界
民間のWEB開発では、クラウドはもう空気である。
新しいシステムを作る。
とりあえずAWSに置く。
誰も疑問を挟まない。
官公庁の世界は、スタート地点が違った。
「そもそも、このデータをクラウドに置いてよいのか」
議論は、そこから始まる。
データの所在はどこか。
暗号化はどの層で、誰が鍵を持つのか。
操作ログは何を、どれだけの期間残すのか。
障害時の責任分界はどこか。
政府のセキュリティ基準に照らして、構成のひとつひとつに根拠を求められる。
民間なら半日で決まる構成が、何週間もかけて検討される。
正直に白状すると、最初は思った。
そこまでやるか、と。
「使わない自由」がない、ということ
だが、案件を進めるうちに、考えが変わってきた。
民間のサービスと公共のシステムでは、失敗の意味が違うのである。
民間のサービスは、嫌なら使わなければいい。
信用できない会社には、データを渡さなければいい。
利用者には、逃げる自由がある。
公共システムには、それがない。
住民は、役所を「使わない」という選択ができない。
税金も、医療も、戸籍も、そこにしかない。
逃げ場のない全員のデータを預かる。
これが公共システムの本質である。
だとすれば、石橋を叩くのは臆病ではない。
仕様である。
民間の感覚で「遅い」と笑うのは、簡単だ。
でも、あの慎重さの裏には、「失敗が許されない相手からデータを預かっている」という、まっとうな重みがある。
そう考えるようになってから、この案件との付き合い方が変わった。
石橋の叩き方にも、技術がある
とはいえ、ただ慎重なだけでは、何も前に進まない。
この案件で学んだのは、石橋には正しい叩き方がある、ということだった。
ポイントは、不安を具体的なリスクに翻訳することである。
「クラウドはなんとなく不安」のままでは、議論は永遠に終わらない。
不安を、ひとつずつ具体的な問いに変える。
データはどこに保存されるのか。
→ リージョンを指定すれば、国内から出ない。
運用者が勝手にデータを見られるのではないか。
→ 暗号化と権限分離とログで、技術的に縛れる。
障害で消えるのではないか。
→ 複数拠点への冗長化は、むしろ庁舎のサーバ室より堅い。
具体的な問いには、具体的な答えが出せる。
答えが出れば、その橋げたは「叩き終わった」ことになる。
私のサンプルプログラムの仕事は、この「答え」を動くもので示すことだった。
口で「できます」と言うのではなく、動く構成を見せて、ログを見せて、設定を見せる。
石橋の叩き方とは、要するに、検証可能な形に問いを砕くことなのである。
これは民間の仕事でも、そっくりそのまま使える技術だった。
攻めと守りの分業
もう一つ、この案件で印象的だったのは、役割分担である。
前述の通り、私は技術に特化していた。
ドキュメントの整備や、関係者との調整は、相方のSEさんの仕事である。
このSEさんが、見事だった。
私が検証した技術的な事実を、向こうの世界の言葉に翻訳していく。
どの基準の、どの項目に、どう対応するのか。
誰の懸念を、どの資料で解消するのか。
正直、私にはできない仕事である。
技術の検証と、合意の形成は、別のスキルなのだ。
両方を一人でやれる人は、めったにいない。
だから、2名体制なのである。
攻めの調査と、守りの翻訳。
小さなチームだったが、分業としては、キャリアの中でも屈指の噛み合い方だった。
石橋の上で、時代は動いている
このPOC案件自体、少し引いて見ると、大きな変化の一部である。
ひと昔前なら、「クラウドは不安だから禁止」で話は終わっていた。
いまは、「不安だから、試して確かめる」に変わった。
禁止と解禁の間に、「検証」という段階が挟まるようになったのである。
これは、官公庁の世界としては、かなり大きな一歩だと思う。
石橋を叩いて渡る、という言葉は、たいてい臆病の比喩として使われる。
でも本来は、渡る気があるから叩くのである。
渡る気がなければ、叩きもしない。
叩く音が聞こえてきたこと自体が、前進なのだ。
ただ、一つだけ気がかりもある。
橋を叩いている間にも、技術は変わっていく。
叩き終わった頃には、対岸の風景が変わっているかもしれない。
これからの公共システムに必要なのは、叩かずに渡る勇気ではなく、速く叩く技術なのだと思う。
そしてそれは、たぶん私たち民間側のエンジニアが、手伝えることでもある。