マネージャを2年やって、コードを書く側に戻った話
私の経歴の中で、一番説明に困る2年間がある。
会社員時代の終盤、開発部門のマネージャをやっていた時期である。
エンジニアとしてある程度の年次になると、この打診は突然やってくる。
「そろそろ、チームを見てもらえないか」
断る理由も思いつかず、私はマネージャになった。
そして2年後、自分から降りて、コードを書く側に戻った。
出世コースを、途中下車したわけである。
今日は、あの2年で見たものと、なぜ戻ったのかを書いてみたい。
コードを書かない日々
マネージャになって最初に驚くのは、カレンダーである。
会議で、埋まる。
朝から夕方まで、30分刻みで誰かと話している。
進捗の確認。
予算の調整。
採用の面接。
他部門との調整。
お客様への謝罪。
そして、メンバーの評価。
コードを書く時間は、意識して確保しないかぎり、ゼロになる。
最初の数ヶ月、私は禁断症状のようなものを感じていた。
一日の終わりに、「今日は何を作ったのか」と自問すると、答えがないのである。
会議は10本こなした。
判断は20個下した。
でも、何も作っていない。
作った実感で30年……当時で15年生きてきた人間には、これはなかなか堪えた。
それでも、学びは多かった
先に言っておくと、あの2年間は、無駄ではなかった。
むしろ、キャリアの中で有数の学習期間だった。
マネージャになると、会社の配管が見えるのである。
お金が、どこから入って、どう流れて、自分たちの給料になるのか。
予算が、どういう理屈で配分されるのか。
人事評価が、どういう仕組みで決まるのか。
エンジニアとして現場にいた頃、これらは全部、天気のようなものだった。
なぜか降ってくる予算。
なぜか決まっている評価。
配管側に回って、初めて分かったことがある。
経営から見ると、開発部門はコストに見えている。
これは衝撃だった。
私たちは価値を生んでいるつもりだった。
でも損益計算書の上では、開発部門は「費用」の欄にいる。
だから、経営は開発に「早く、安く」を求める。
その構造を知ってから、経営への恨み言が減った。
彼らは意地悪なのではなく、別の帳簿を見ているだけだったのである。
人の問題は、解けない
一方で、苦しかったことも書いておく。
一番苦しかったのは、技術の問題ではなかった。
人の問題である。
技術の問題は、解ける。
難しくても、調べて、試して、時間をかければ、いつかは解ける。
30年間、そうやって生きてきた。
人の問題は、違った。
伸び悩んでいるメンバーに、厳しい評価を伝える面談。
チーム内の、性格の合わない二人。
辞めたいと打ち明けてくる若手。
どれも「正解」がない。
解けたと思っても、解けたのかどうか、確かめようがない。
そして判断の一つひとつが、メンバーの給料や人生に、直接触れる。
私はだんだん、夜、仕事のことを考える時間の中身が変わっていくのを感じた。
昔は、バグの原因を考えていた。
マネージャの夜は、人の顔を考えている。
これを、やりがいと感じる人がいる。
本当にいる。
私が見てきた優秀なマネージャは、皆そうだった。
メンバーが成長した瞬間を、自分がコードを書くより喜べる人たち。
2年やって、はっきり分かった。
私は、そちら側の人間ではなかった。
人の成長も嬉しい。
でも、自分の書いたものが動く瞬間のほうが、もっと嬉しい。
これは能力の問題ではなく、体質の問題である。
そして体質に逆らって続けられるほど、マネージャは甘い仕事ではなかった。
降りるのは、怖かった
自分から降りると決めたとき、怖さがなかったと言えば嘘になる。
日本の会社で出世コースを降りるのは、片道切符に近い。
「あいつは管理職に失敗した」と見る人も、当然いる。
同期が上に行くのを、下から見送ることになる。
それでも降りたのは、単純な算数だった。
我慢してマネージャを続けた10年後の自分と、現場に戻って技術を磨いた10年後の自分。
どちらが強いか。
私の場合は、明らかに後者だった。
そしてこの決断が、数年後の独立につながっていく。
その話は、以前書いた通りである。
あの2年は、いまも働いている
面白いのは、マネージャを降りて13年経ったいまも、あの2年が毎日役に立っていることだ。
フリーランスのテックリードという立場は、経営と現場の間に立つことが多い。
経営側の「早くしろ、安くしろ」には、帳簿の事情がある。
現場側の「それでは品質が持たない」には、技術の事情がある。
両方の言葉が分かる人間は、通訳ができる。
「この投資は、費用ではなくリスク削減です」と経営の言葉で言い換える。
「経営が急ぐのは、この予算サイクルの事情です」と現場に翻訳する。
この通訳こそ、実はテックリードの仕事の半分を占めている。
そしてそれができるのは、あの2年間、配管側にいたからなのである。
管理職は、私には向いていなかった。
でも、管理職を経験した現場エンジニアというのは、なかなか使い勝手のいい生き物になれる。
キャリアの寄り道は、あとから効いてくる。
降りた道も、履歴書の上では一行だが、体の中では今も現役なのである。