30年分の「これからはこれが来る」の墓標の前で
エンジニアを30年やっていると、たくさんの「これからはこれが来る」を見送ることになる。
来ると言われて、来たもの。
来ると言われて、来なかったもの。
来たのに、帰っていったもの。
今日は、私の記憶の中の墓標を少し歩きながら、「追いかけなくていい技術」の見分け方について考えてみたい。
墓標を歩く
まず、Flash。
若い人は知らないかもしれないが、2000年代のWEBは、Flashでできていた。
リッチな表現はすべてFlash。
企業サイトのトップページは、スキップボタン付きのFlashアニメーションで始まるのが礼儀だった。
ActionScriptを極めた職人が、業界に大勢いた。
いまは、いない。
次に、SOAPとXML狂想曲。
一時期、世界のすべてはXMLで記述されることになっていた。
システム連携はSOAPで、設定ファイルはXMLで、なんならデータベースもXMLで。
あの分厚いWSDLを、私も書いた。
いまWebAPIといえば、軽量なJSONである。
あの重厚な仕様群は、どこへ行ったのか。
もう少し新しいところでは、ブロックチェーンの熱狂がある。
一時期、あらゆる業界の企画書に「ブロックチェーン活用」の文字が躍った。
私のところにも、そういう相談がいくつか来た。
よく聞くと、普通のデータベースで済む話ばかりだった。
メタバースも記憶に新しい。
「これからの会議は仮想空間で」と言われて、数年。
私はまだ、平面のビデオ会議で仕事をしている。
あなたも、そうではないだろうか。
私も、踏んだ
墓標を笑うために書いているのではない。
私自身、何度も踏んでいる。
来ると信じて、本を買い、時間を注ぎ、案件で提案までした技術が、静かに消えていったことが何度もある。
具体名は、武士の情けで伏せる。
夜な夜な勉強したあの時間を返してほしいと、いまでも思う技術がいくつかある。
逆もある。
「また騒いでいるよ」と冷笑して、乗り遅れたものだ。
正直に白状すると、生成AIも最初は疑っていた。
チャットで遊ぶおもちゃだろう、と。
数ヶ月後、自分の仕事を根本から変える本物だと気づいて、慌てて追いかけた。
つまり30年やっても、的中率は大したことがないのである。
それでも、外し続けた人間なりに、傾向は見えてきた。
生き残った技術の共通点
この30年で「来る」と言われ、実際に来て、定着したものを並べてみる。
インターネットそのもの。
スマートフォン。
クラウド。
コンテナ。
そして、生成AI。
共通点は、はっきりしている。
現場の痛みを、直接減らしたものだけが生き残っている。
クラウドは「サーバ調達に数週間かかる」という痛みを消した。
コンテナは「私の環境では動くのに」という痛みを消した。
生成AIは「作るのに時間がかかる」という、この業界最大の痛みを消しつつある。
一方、消えていった技術には、別の共通点がある。
デモは派手なのに、月曜の朝の自分の仕事に、使い道がないのである。
すごい。未来だ。で、明日の案件のどこに使うの?
この問いに答えられない技術は、だいたい帰っていった。
追いかけなくていいものの見分け方
というわけで、私なりの判定基準は三つある。
一つ。誰の、どの痛みを消すのか、一文で言えるか。
言えないなら、様子見でいい。
「可能性が広がる」としか説明されない技術は、たいてい広がらない。
二つ。その技術の話をしているのが、使う人か、売る人か。
現場のエンジニアが「これ、楽になった」と言い始めた技術は本物である。
カンファレンスの壇上と企画書の中でだけ盛り上がっている技術は、まだ早い。
三つ。「乗り遅れるな」以外の理由があるか。
恐怖だけが採用理由の技術は、恐怖が薄れると一緒に薄れる。
ブロックチェーン案件の多くは、これだったと思っている。
それでも、全部少しだけ触る
ただし、この判定基準には、致命的な弱点がある。
判定できるのは、だいたい事後なのである。
生成AIで冷笑を外した私が言うのだから、間違いない。
渦中にいるとき、本物と泡の区別は、思うほどつかない。
だから私の実際の戦略は、判定ではなく、投資の配分でできている。
新しい技術は、全部、少しだけ触る。
週末に一度、動かしてみる程度でいい。
自分の手で触ると、記事を100本読むより解像度が上がる。
そして、深追いは、痛みが確認できてからにする。
自分の仕事の痛みが実際に減った技術にだけ、本格的に時間を投資する。
広く浅い偵察と、狭く深い投資の二段構え。
30年の授業料で買った、私のポートフォリオ理論である。
墓標に、線香を
最後に、消えていった技術たちの名誉のために、一つ付け加えたい。
あれらは、無駄ではなかった。
Flashが追求した表現力は、HTML5とJavaScriptに引き継がれた。
SOAPの重さへの反省が、いまのシンプルなAPI設計を生んだ。
ブロックチェーンの熱狂は、分散システムの教育に、意図せず貢献した。
技術の墓標は、次の技術の土台である。
消えた技術に注いだ私の夜なべも、回り回って、いまの目利きの養分になっている。
……と思わないと、やっていられない、という面もあるのだが。
さて、いま騒がれている技術のうち、10年後に残っているのはどれだろう。
私の予想は、また外れるだろう。
外れても手が止まらないように、今週末も、何かを少しだけ触っておくことにする。