AIと働き始めてから、私の1日はこう変わった

エンジニアの1日は、この2年でずいぶん変わった。

自分の変化を記録しておくのも一興だと思うので、今日は昔と今のタイムテーブルを並べてみたい。

昔の1日

まず、AI以前の、ある平日である。

朝。メールとチャットを確認し、打ち合わせを1〜2本。

午後。ようやく実装に入る。

集中が乗ってくるのが15時ごろ。

そこから夕方までが、ゴールデンタイムである。

電話や会議で集中が切れると、戻るのに30分かかる。

だから会議の入った日は、実質、コードが進まない。

夜。日中に進まなかった分を、静かな時間で取り返す。

気づくと22時。

こういう日々だった。

30年、だいたいこの形で生きてきた。

1日の主役は「書く時間」であり、その確保に苦心する毎日だった。

今の1日

次に、現在のある平日である。

朝。まず、AIに仕事を配る。

昨日までの流れを踏まえて、今日やらせたいタスクを言語化し、指示を出す。

これが朝イチの、一番頭を使う仕事である。

指示が曖昧だと、日中の成果物が全部ずれる。

配り終えたら、打ち合わせや調べ物をする。

その裏で、AIはコードを書いている。

昼過ぎ。AIの成果物を検分する。

読む。

動かす。

怪しいところを問い詰める。

直させる。

夕方。もう一度、翌日に向けた仕込みの指示を出す。

夜。私は寝る。

夜中に動かしておきたい重めの処理や検証は、AIに任せてある。

朝起きると、結果が届いている。

1日の主役は「書く時間」から、「配る時間」と「読む時間」に変わった。

変わったことの本質

タイムテーブルの変化を眺めていると、本質的な変化がいくつか見えてくる。

一つ目。ボトルネックが、自分になった。

昔は、実装が遅くて仕事が詰まった。

いまは、AIの成果物を検分する私の目が遅くて、仕事が詰まる。

AIは並列で何本も走れるが、私の頭は一つしかない。

生産の制約が、手から頭に移ったのである。

二つ目。中断に強くなった。

昔は、集中が切れると30分戻れなかった。

いまは、途中の文脈をAIが保持している。

会議から戻って「続きをやろう」と言えば、すぐ再開できる。

割り込みの多い日でも、仕事が進むようになった。

これは、正直、革命的にありがたい。

三つ目。夜が、返ってきた。

日中に進まなかった分を夜に取り返す、という30年の習慣が消えた。

夜に働くのは、AIである。

50代の体には、これが一番効いている。

失ったものも、正直に書く

いいことばかり書いたが、失ったものもある。

フロー状態である。

コードに没入して、気づいたら3時間経っていた、というあの状態。

書く仕事が減った分、あの時間も減った。

検分と判断の仕事は、細切れで、没入しにくい。

正直に言えば、少し寂しい。

エンジニアになったのは、あの没入が好きだったからでもある。

いまの私は、意識的に「自分の手で書く時間」を残している。

趣味のコード。

難所の設計。

AIに任せれば速いと分かっていても、たまに自分で書く。

効率のためではない。

この仕事を好きでい続けるための、メンテナンスである。

釣り船の船長が、たまに自分で竿を握るようなものだ。

変わらない一日の終わり

こうして並べてみると、私の1日は、ほとんど別人のものになった。

ただ、一つだけ変わらないことがある。

一日の終わりに、「今日は何を前に進めたか」と自問する習慣である。

昔は、書いたコードが答えだった。

いまは、下した判断が答えである。

答えの形は変わったが、問いは変わらない。

そして、答えに詰まる日が一番へこむのも、変わらない。

道具がどれだけ変わっても、仕事の手応えというのは、結局そこにしかないのだと思う。