プロジェクトマネージャ試験に受かっても、プロジェクトは炎上する
私の資格欄には、IPAのプロジェクトマネージャと、ITサービスマネージャが並んでいる。
いわゆる情報処理技術者試験の、高度区分である。
以前、民間資格はほぼ意味がないという記事を書いた。
MBAの損益計算の記事も書いた。
今日はその流れの最終回として、国家試験の話をしたい。
先に身も蓋もない事実から言う。
プロジェクトマネージャ試験に受かっても、プロジェクトは炎上する。
私は合格後も、炎上の現場に何度も立った。
資格は、火を防いでくれなかった。
では、あの試験勉強は無駄だったのか。
そうとも言い切れない、という話である。
なぜ受けたのか
受験の動機は、白状すれば、不純である。
会社員時代、資格手当が出た。
昇進の評価項目にも入っていた。
つまり、キャリアの計算で受けた。
高尚な向学心からではない。
勉強は、それなりに大変だった。
高度区分には、論文試験がある。
自分の経験したプロジェクトを題材に、設問に沿って数千字を手書きする。
何年ぶりかで、腕が腱鞘炎になるかと思った。
それでも、勉強してみると、意外な発見があった。
プロジェクト管理が、体系になっていたのである。
現場の知恵に、名前がついていた
試験勉強とは、突き詰めれば、先人の知恵の体系を頭に入れる作業である。
リスク管理、品質管理、進捗管理、ステークホルダー管理。
勉強しながら、何度も思った。
「これ、あの案件でやったやつだ」
「あの失敗、教科書に載ってるやつだったのか」
現場で見よう見まねで覚えたことに、名前と理屈がついていく。
これは、率直に面白かった。
そして、名前がつくと、人に説明できるようになる。
「なんとなくまずい気がする」ではなく、「これはスコープの問題です」と言えるようになる。
経験が、言葉になる。
試験勉強の価値の本体は、たぶんこれである。
それでも、炎上は止まらない
では、なぜ資格を取っても炎上するのか。
理由は単純である。
試験は正解のある世界で、現場は正解のない世界だからだ。
試験のケース問題には、必ず出題者の想定する正解がある。
登場人物は設問の通りに動き、リスクは問題文に書いてある。
現場は違う。
リスクは問題文に書いていない場所から来る。
キーパーソンは異動する。
お客様の偉い人の一言で、前提がひっくり返る。
そして最大の違いはこれだ。
試験では、正しい選択肢を選べば点がもらえる。
現場では、正しいことを言っても、人が動くとは限らない。
プロジェクトが燃える原因は、知識の不足ではない。
ほとんどの場合、人間と組織の問題である。
それは試験範囲の外、というより、紙の上に載せられない領域なのだ。
それでも取る意味は、三つあった
炎上を防げない資格に、意味はあるのか。
30年振り返って、三つあったと思っている。
一つ目。共通言語である。
大きな案件になると、お客様側にPMOがいて、管理の言葉で会話が進む。
あの語彙を持っているかどうかで、話の速度が変わる。
外国で暮らすなら、現地の言葉は話せたほうがいい。
それだけの話である。
二つ目。型を知ってから、型を崩せる。
現場では、教科書通りの管理などやっていられない。
省略し、簡略化し、崩して回す。
ただ、型を知って崩すのと、知らずに我流なのは、似て非なるものである。
何を省略しているのか自覚があると、省略のツケがどこに出るかも予測できる。
三つ目。参照点になる。
判断に迷ったとき、「教科書ならどうしろと言うか」という基準線が引ける。
その通りにはしないことも多い。
でも、基準線からどれだけズレているかが分かっていれば、ズレは博打ではなく判断になる。
資格三部作の結論
民間資格、MBA、国家試験と書いてきて、私の結論はこうなる。
資格は、保証ではなく、地図である。
地図を持っていても、遭難するときは遭難する。
現場の天候は、地図に載っていないからだ。
でも、地図を持たずに歩くよりは、だいぶましである。
自分がいまどこにいて、どっちに進んでいるのかくらいは、分かる。
だから、若い人に聞かれたら、こう答えることにしている。
資格で仕事が来ると思うなら、やめておけ。
地図が欲しいなら、悪くない買い物だ。
ただし、と付け加える。
地図を眺めているだけの人と、地図を持って山に登る人は、5年で別人になる。
資格の価値は、取った後にどこへ歩くかで決まるのである。