フリーランス13年、営業をしたことがない。それが強みだと思っていた
独立して13年になるが、営業活動というものを、ほとんどしたことがない。
飛び込みも、テレアポも、交流会での名刺配りも、経験がない。
案件サイトに登録したことも、実はない。
それでも、仕事は途切れなかった。
こう書くと、自慢に見えるだろう。
実際、長い間、自分でも密かに誇っていた。
でも最近、これは強みであると同時に、弱点だったと気づいた。
今日はその両面を、正直に書いてみたい。
営業ゼロで回ってきた仕組み
まず、なぜ営業なしで13年回ったのか。
種明かしは単純である。
最初の仕事は、会社員時代の元同僚から来た。
その仕事を見た人が、別の案件で声をかけてくれた。
その案件で組んだ会社が、次の案件に呼んでくれた。
以来ずっと、この連鎖である。
紹介の連鎖には、ありがたい性質がある。
信用の審査が、済んだ状態で始まるのである。
「あの人が言うなら大丈夫だろう」
この一言が、営業資料の100ページ分を代替する。
単価の交渉も、ほとんど揉めない。
だから私は、営業の代わりに、目の前の仕事の品質に全部を注いできた。
フリーランスの本当の営業活動は、納品後に始まる。
納めたものの品質と、トラブル時の対応が、次の仕事を連れてくる。
これは今でも、正しいと思っている。
でも、話には続きがある。
弱点その一:値決めの主導権がない
紹介の仕事は、単価交渉に弱い。
紹介してくれた人の顔があるから、強気の金額を言い出しにくい。
「〇〇さんの案件と同じくらいで」という相場が、連鎖の中で固定されていく。
私の単価は、この13年、仕事の内容の進化ほどには上がっていない。
AIだ、LLMだと最先端の仕事をしていても、値札は数年前の連鎖を引きずっている。
営業をする人は、新規の客と対峙するたびに、値決めをやり直せる。
営業をしない私は、その機会が、構造的に来ないのである。
弱点その二:人脈は、老いる
もっと深刻なのは、こちらである。
私に仕事をつないでくれる人たちは、私の会社員時代からの付き合いが多い。
つまり、私と同世代である。
その人たちが、少しずつ、現場を離れ始めた。
役職が上がって発注に関わらなくなった人。
定年が見えてきた人。
リタイアした人。
紹介の連鎖は、人の縁でできている。
そして人の縁は、加齢とともに、静かに細っていく。
40代の頃、この構造に気づいていなかった。
50代になって、ようやく見えた。
営業をしない戦略は、人脈が現役である間しか成立しない。
私の営業ゼロの13年は、実は、過去の貯金を取り崩し続けた13年でもあったのだ。
弱点その三:知らない世界から、声はかからない
もう一つ。
紹介は、既存の縁の延長線上にしか伸びない。
つまり、私を知っている世界からしか、仕事は来ない。
「PHPとAWSの人」として記憶されていれば、その種の仕事が来る。
LLMの仕事がしたくても、私がそれをできると知られていなければ、声はかからない。
新しい自分を、誰も知らない。
これが紹介依存の、静かな牢屋である。
幸い、私はLLM案件に潜り込めたが、あれは運の要素が大きかった。
運に頼る構造は、戦略とは呼べない。
だから、書き始めた
ここまで読んで、勘のいい人は気づいたと思う。
このブログとLinkedInこそ、私の人生初の「営業活動」なのである。
50代にして、初めての新規開拓。
といっても、売り込みの投稿をする気はない。
やっているのは、考えていることと、やってきたことを、公開の場に書き続けることだけである。
狙いは、紹介の連鎖の外側に、細い線を伸ばすことだ。
私を知らなかった誰かが、記事を読む。
「こういう人がいるのか」と記憶する。
いつか、何かの案件で思い出す。
紹介と同じで、即効性はない。
でも、紹介と違って、この線は同世代の引退と共に消えない。
書いたものは、残るからである。
人脈の貯金が目減りしていくなら、新しい積立を始めるしかない。
その積立が、私の場合は、書くことだった。
営業をしない、のではなく
13年間、「営業をしないでやってこられた」と思っていた。
いまは、少し違う言い方をしている。
営業をしてこなかったのではない。
納品後の仕事ぶりという、一種類の営業だけに全額を賭けてきたのである。
その賭けは、当たり続けた。
でも、一種類に全額を賭け続けるのは、ポートフォリオとしては危うい。
品質という営業に、発信という営業を足す。
50代の遅い分散投資だが、始めない理由にはならない。
ちなみにこの記事も、書き終わったら公開される。
つまりこれは、営業をしたことがない男の、営業活動の一部である。
我ながら、ようやく人並みになったものだと思う。