AIに渡せない仕事を並べたら、それが「私の値段」だった

以前、AIで見積もりが分からなくなった、という記事を書いた。

時間を売る商売が崩れて、では何を売っているのか、という話である。

あのときは「判断を売っている」と書いた。

最近、これをもう少し具体的に確かめたくなって、ある棚卸しをやってみた。

この2年で、AIに渡せた仕事を、全部書き出してみたのである。

そして、渡せなかった仕事も。

引き算の結果が、なかなか面白かったので、今日はそれを書きたい。

渡せたもの:思ったより多い

まず、AIに渡せた仕事のリストである。

実装。

大半を渡した。

私が手で書くのは、いまや難所と趣味の部分だけである。

調査。

新しい技術の下調べ、ライブラリの比較、エラーの原因調査。

ほぼ渡した。

ドキュメント作成。

設計書のたたき台、手順書、議事録の整理。

渡した。

テスト。

テストコードの作成、テスト観点の洗い出し。

かなり渡した。

翻訳と英文メール。

全部渡した。

こうして並べると、壮観である。

2年前の私の稼働時間の、体感で7割がこのリストに入っている。

7割を渡して、私は暇になったかというと、なっていない。

空いた時間は、渡せない仕事の側に、全部吸い込まれた。

渡せなかったもの:リストは短く、重い

次に、渡せなかった仕事のリストである。

書き出してみると、短い。

でも、一つひとつが重い。

決めること。

この構成で行くと決める。

この機能は作らないと決める。

このリリースは延期すると決める。

AIは選択肢と根拠を出してくれるが、「決めました」とは言ってくれない。

言われても困る。

責任を取ること。

障害が起きたとき、お客様の前に座るのは私である。

「AIが書いたコードなので」という言い訳が通用しないことは、以前も書いた。

嫌なことを、伝えること。

値上げの相談。

無理な納期を断る。

品質に問題があると報告する。

相手の期待と違う結論を、関係を壊さずに伝える。

この種の仕事は、AIに下書きは頼めても、渡すことはできない。

伝える痛みを引き受けること自体が、仕事の中身だからである。

曖昧さに、耐えること。

要件が固まらない案件で、固まらないまま前に進める。

正解が出ない問題を、正解が出ないまま抱えて、それでも今日の判断をする。

AIは曖昧な指示を嫌うが、現実の仕事は曖昧なまま来る。

曖昧さの在庫を抱えておく倉庫の役割は、まだ人間にしかできない。

関係を、築くこと。

「この人に頼めば何とかなる」という信頼は、成果物の品質だけでなく、時間をかけたやり取りの積み重ねでできている。

これは渡せないというより、渡したら意味がなくなる類のものである。

気づいたこと:リストに技術がない

さて、この短いリストを眺めていて、あることに気づいた。

技術が、ほとんど入っていないのである。

決める。責任を取る。嫌なことを伝える。曖昧さに耐える。関係を築く。

どれも、プログラミング言語の名前ではない。

フレームワークでも、クラウドでもない。

30年かけて技術を積み上げてきた人間の「渡せない仕事リスト」に、技術が残らなかった。

これは一瞬、寂しい発見に見える。

でも、よく考えると、そうではない。

このリストの仕事は、どれも技術が分かっていないと、できないのである。

構成を決められるのは、選択肢の中身が分かるからだ。

責任を取れるのは、何が起きうるか予測できるからだ。

品質の問題を報告できるのは、問題だと見抜けるからだ。

技術は、商品ではなくなった。

商品を支える、免許のようなものになった。

免許自体にお金は払われない。

でも、免許がなければ、この車は運転できない。

若い人への含意

この棚卸しから、若いエンジニアに伝えたいことが一つある。

「AIに仕事を奪われる」という問いの立て方は、たぶん少しずれている。

正しい問いは、こうだ。

「自分の仕事をAIに渡し切ったとき、何が残るか」

残るものが多い人は、強い。

残るものが薄い人は、危うい。

そして残るものの正体は、技術力そのものではなく、技術に裏打ちされた、決める力と、引き受ける力である。

これは年齢に関係なく、今日から積める。

小さな案件でも、決める側に回る。

小さな失敗でも、引き受ける側に立つ。

その経験の蓄積だけが、AI時代の値札になる。

私の商品カタログ

というわけで、冒頭の問いに答えが出た。

私の値段の正体は、あの短いリストだった。

決めます。

引き受けます。

言いにくいことを、言います。

曖昧なまま、前に進めます。

こうして書くと、エンジニアの商品カタログというより、何だか任侠の口上である。

でも、30年やってきて、これが最後に残った商品なのだから、仕方がない。

技術は、道具箱の中にある。

商品は、道具箱を持って、そこに立つことのほうだった。

「AIに任せられない仕事を並べたら、それがあなたの値段です」

見積もりに悩む同業の方は、一度この棚卸しを、やってみてほしい。

自分の値段の正体は、思っているより、はっきり見える。