YouTubeの情報を鵜呑みにしてはいけない。自分も普通に釣られた

最近、ある温泉施設から子供が行方不明になる事件があった。

温泉施設の裏には川があり、「川に落ちたのではないか」ということで大規模な捜索が行われていた。

こういう事件が起きると、ネットではすぐに色々な説が出てくる。

事故ではない。

親が怪しい。

誘拐されたのではないか。

そしてYouTubeには、それらをもっともらしく解説する動画が大量に出てくる。

私もその中の1本を見た。

結論から言えば、普通に釣られた。

「こんな断崖絶壁を子供が降りられるわけがない」

その動画では、かなり強い口調で誘拐説を唱えていた。

理由の一つが、

「こんな断崖絶壁を、子供が一人で降りられるわけがない」

というものだった。

確かに動画で使われている写真を見ると、かなり険しい場所に見える。

「これは子供には無理だろう」

私もそう思った。

サムネイルも上手い。話し方も断定的。映像まで見せられると、それなりに説得力がある。

ところが、別の情報を調べてみると話が違った。

そもそも断崖絶壁ではなかった。

温泉施設から川までは傾斜が続いており、多少の段差はあるものの、子供が一人で歩いていっても特に不思議ではない地形だった。

動画で使われていたのは、捜索中の一部を切り取った対岸の写真だったようだ。

つまり、ある角度から撮った一枚の写真を見て、

「断崖絶壁だ」

「子供には降りられない」

「だから誘拐だ」

と話を組み立てていたことになる。

さすがに雑すぎる。

こたつ記事ならぬ「こたつ動画」

日本には「こたつ記事」という言葉がある。

現場に行かず、ネットの情報だけを集めて記事を書くことだ。

今は完全にYouTubeにも同じものがある。

こたつ動画だ。

写真を拾い、それらしいストーリーを作り、刺激的なサムネイルを付けて断定口調で話す。

再生数を稼ぐという意味では正しいのかもしれない。

「現時点では分かりません」

「事故の可能性もあります」

「写真だけでは判断できません」

そんな動画は誰もクリックしない。

「誘拐の決定的証拠!」

こっちのほうが圧倒的に強い。

YouTubeという仕組みを考えれば、ある意味当然なのだろう。

問題は、私も普通にそれを見てしまったことだ。

私もYouTubeをネタにブログを書いている

ここで他人の悪口だけを書いて終わると、自分もかなり怪しい。

私もYouTubeを見て、そこからブログのネタを拾うことがある。

最近ではかなり多い。

つまり、一歩間違えれば同じことをやる。

YouTubeで誰かが言っていた。

それを事実だと思う。

その前提でブログを書く。

さらに誰かが私のブログを読む。

こうして適当な情報が増殖していく。

ネットのデマは、最初に嘘をついた人だけが作っているわけではない。

ろくに確認せず「なるほど」と納得して、次の人に伝えた人間も参加者である。

今回は自分も危うくその一人になるところだった。

センセーショナルな話ほど、一回調べる

結局、対策は大したものではない。

あまりにも話が出来すぎているときは、一回調べる。

特に事件、政治、国際問題のような話は、動画一本だけで判断しない。

私はAIについてもよく書くが、これも同じだ。

「このAIでエンジニアは全員失業する」

「Google終了」

「OpenAI崩壊」

毎週どこかが終了している。

もちろん私もブログのタイトルは多少煽る。

人に読んでもらえなければ意味がないので、そこは綺麗事を言うつもりはない。

ただし、タイトルを煽ることと、事実を捏造することは別だ。

今回の動画を見て、それを改めて思った。

そして何より怖いのは、私は別に情報弱者のつもりではなかったことだ。

ネットも長い。ITエンジニアを30年近くやっている。AIも毎日使っている。

それでも、上手いサムネイルと断定口調があれば普通に釣られる。

たぶん、「自分は騙されない」と思っている人間が一番危ない。

今回の件で一つ勉強になった。

YouTubeを見るときは、動画の内容より先に「この人は再生数を稼ぐことで何を得るのか」を考えたほうがいい。