一部の人だとわかっていても、偏見は生まれる
こないだ、友人のエンジニアと飲みに行った。
普段はそれほど感情的になる人ではないのだが、その日は珍しくかなり憤慨していた。
話を聞くと、現在関わっている開発案件で、ある中国人エンジニアと揉めているらしい。
最初は「まあ、開発現場ではよくある人間関係のトラブルかな」と思って聞いていた。
しかし途中で、実際のやり取りをスマホで見せてもらった。
これは酷い。
細かい内容は書けないが、普通の業務上の指摘や議論というレベルではない。明らかな悪口や暴言が並んでいた。
責任を回避し、周囲に押し付ける
その中国人エンジニアは、立場としてはクライアント側に近いポジションらしい。
プロジェクトで問題が起きると、自分の非を認めるのではなく、凄まじい勢いで周囲に責任を押し付ける。
そして都合が悪くなると、相手を攻撃する。
友人の話だけなら「双方に言い分があるのでは」と思ったかもしれない。
しかし、実際の文章を見せてもらうと、少なくとも暴言については擁護のしようがなかった。
そこで嫌でも頭に浮かぶのが、
「すぐに責任を回避する」
「自分の非を認めない」
という、世間でよく言われる中国人に対するネガティブなイメージだ。
もちろん、中国人全員がそうだと言うつもりはない。
だが、今回の人物は、その悪いイメージをわざわざ本人が全力で実演しているように見えた。
日本人エンジニアは反論しない
さらに友人が怒っていたのは、周囲の日本人エンジニアがほとんど反論しないことだった。
理由は単純で、もうすぐ案件が終わるからだ。
終了間際のプロジェクトで大喧嘩をしても誰も得をしない。あと少し我慢して、大人の対応で終わらせる。
実務的には正しい判断だと思う。
私が同じ立場でも、たぶんそうする。
しかし結果として、暴言を吐いている側から見れば「誰も反論してこない」という状況になる。
本人がどう受け取っているのかは知らない。
自分が正しいと思っているのかもしれないし、日本人は何も言い返せないと思っているのかもしれない。
いずれにせよ、暴走を止める人はいない。
こうやって「中国人の悪いイメージ」は作られる
私は中国人の知人もいる。
優秀な人もいるし、誠実な人もいる。当然、中国人全員が今回の人物のような人間ではない。
そんなことは分かっている。
ただ、現実の人間はそれほど綺麗に物事を切り分けられない。
目の前で強烈な体験をすると、その印象は残る。
まして、自分が中国側の人間でもなければ、わざわざ「いや、中国人にも良い人はたくさんいる」と毎回擁護して回る理由もない。
一部の質の低い人間が、国籍を背負った状態で暴言を吐き、責任を周囲になすりつける。
それを見た人間が「やっぱり中国人は……」と思う。
そして、その話を飲み屋で私のような第三者が聞く。
私も実際の暴言を見る。
こうして悪いイメージが広がっていく。
人種差別を肯定したいわけではない。
ただ、偏見というものは何もない場所から突然生まれるわけでもない。
一部の人間の強烈な悪印象が、国籍や民族全体のイメージに結びついてしまうことは現実にある。
今回、その構図をかなり分かりやすい形で見せられた気がした。
一人の行動が国のイメージまで下げる
おそらく本人は、自分の行動が中国人全体のイメージに影響しているなど考えていないだろう。
単に自分の責任を回避し、目の前の相手を攻撃しているだけなのかもしれない。
しかし、周囲はそう簡単に切り分けてくれない。
特に海外で働く以上、良くも悪くも「○○人」という看板は勝手について回る。
これは日本人も同じだ。
海外で日本人が酷い態度を取れば、「日本人はこういう奴らだ」と思われることがある。
理不尽かもしれないが、それが現実だ。
一人のエンジニアのモラルの低さが、自国のイメージにまで泥を塗る。
友人のスマホに並んでいた暴言を見ながら、そんなことを考えた。
そして何より怖いのは、私自身も今回の話を聞く前と後では、中国人エンジニアに対する印象が少し変わってしまったことだ。
「一部の人間の話だ」と頭では分かっている。
それでも印象は残る。
偏見が作られる瞬間というのは、案外こういうものなのかもしれない。