タイトル:さらばMarkdown。AI時代に「中途半端なモダン」はもういらない

最近、ようやく確信できるようになった。

AI時代、Markdownというレイヤー自体が、かなり不要になっていく。

昔からずっと違和感はあった。 でも以前は、「まぁ人間が書くなら仕方ないか」と思っていた。

しかし、AIが実用レベルになった今、その前提そのものが崩れ始めている。

AI界隈でHTML回帰論、Markdown不要論がちらほら聞かれるようになったので、私もようやく Markdownいらないと宣言できる


Markdownは「人間の都合」で生まれた

そもそもMarkdownが流行った理由は単純だ。

HTMLを書くのが面倒だったから。

タグを書くのはだるい。 閉じタグを忘れる。 見た目確認が必要。 人間が手で書くには重い。

だから、

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くらいの雑な記法で済ませよう、という発想が生まれた。

つまりMarkdownとは、

「人間がHTMLを書く苦痛を減らすための妥協レイヤー」

だった。

これは昔なら合理的だった。


でも、AIはHTMLを書くのが苦痛じゃない

今は違う。

AIに、

「セマンティックHTMLで出して」 「アクセシビリティ考慮して」 「レスポンシブ対応で」

と投げれば、一瞬でそれっぽいものが出てくる。

AIにとって、

<section>

を書くコストも、

## 見出し

を書くコストも変わらない。

むしろ構造が明確なHTMLの方が扱いやすいまである。

つまり、Markdownが必要だった理由そのものが消え始めている。


にもかかわらず、「Markdownがモダン」という空気だけ残ってる

そして厄介なのがここ。

技術的前提は変わったのに、

「Markdownを書くのがモダン」

という文化だけが残っている。

以前、とある案件で、リーダーがやたらMarkdownを推進していた。

議事録もMarkdown。 仕様書もMarkdown。 設計メモもMarkdown。

別に内容は普通のドキュメントだ。

正直、メモ帳やExcelで十分だった。

なのに、

「Git管理しやすいので」 「エンジニアらしいので」 「モダンなので」

みたいな理由で、チーム全員がMarkdown記法に付き合わされる。


そして始まる「方言地獄」

ところがMarkdownは、見た目ほど標準化されていない。

GitHubでは動く。 別のWikiでは崩れる。 改行が違う。 テーブルが壊れる。

結局、

「この環境では空行必要です」 「ここはHTMLタグ混ぜてください」 「この記法は非対応です」

みたいな調整が始まる。

これ、本当に生産的だったんだろうか。


メモならプレーンテキストでいい

最近むしろ思う。

思考メモなんて、もっと雑でいい。

プレーンテキストで十分。

逆に成果物として見せるなら、最終的にはHTMLの方が自然だ。

CSSとも完全連携できる。 構造も明確。 Web標準そのもの。

Markdownは、その中間で宙ぶらりんだ。


AI時代、「中途半端な抽象化」は消えていく

AIが強いのは、「変換」だ。

雑なメモから、綺麗な構造化HTMLを作る。 箇条書きからドキュメント化する。 JSONからUIを生成する。

つまり、人間向け簡略記法だったMarkdownの価値が、相対的に下がっている。

もちろんREADME程度なら残るだろう。

でも、「Markdownを強制すること」がモダンだと思い込む時代は、そろそろ終わる気がしている。


ちなみに、このブログ自体もMarkdownで書いている

オチを言うと、このブログ自体、実はMarkdownで書いている。

しかも、書き始めた当初は、まさに方言の違いでイラッとしまくった。 「ここでは空行が必要」「このプラットフォームではテーブルが崩れる」みたいな調整に、結構な時間を吸われた。

今はもう開き直って、思考メモをAIにぶん投げてMarkdownに変換してもらっている。

……で、ここまで書いて思った。

AIに変換させるなら、もうHTMLでよくない?

そう、結局そこに戻ってくる。 中間レイヤーとしてのMarkdownの存在意義は、AIに食われている。

注意;なお、この記事は個人のお気持ち表明なので、異論は聞きません(笑)