「好きを仕事に」という呪文に疲れた話
今日、YouTubeをぼんやり見ていた。
おすすめに流れてきたのは、農業を仕事にしたかった人の動画だった。
詳しい事情は分からない。ただ、好きで始めた農業だったのに生活が成り立たず、結局は別の仕事をすることになったらしい。
本人は悔しそうだった。
その動画を見ながら、なんとも言えない気持ちになった。
というのも、私は昔から「好きを仕事に」という言葉に妙な違和感があるからだ。
日本ではこの言葉がやたらと人気だ。
小学校の道徳の時間から始まり、自己啓発本、SNS、意識高い系インフルエンサーまで、みんな同じことを言う。
「好きなことを仕事にしよう」
「やりたいことを見つけよう」
「人生は一度きりだから」
まるで仕事が人生そのものであるかのような話だ。
でも冷静に考えると、かなり危険な思想だと思う。
私はITエンジニアをやっている。
しかし、子供の頃からプログラマーになりたかったわけではない。
本当は物理学者に憧れていた。
宇宙とか量子力学とか、そういうものにロマンを感じていた時期もある。
しかし現実は厳しい。
食べていかなければならない。
そこで手元にあったスキルを使って、一番効率良く稼げそうな道を選んだ。
それがITだった。
実に夢がない。
だが、おかげで30年近く飯が食えている。
もし当時の私が「好きなことを仕事にしなければ人生は負けだ」などという呪文を真に受けていたら、今頃どうなっていたか分からない。
もちろん例外はある。
好きなことと仕事が奇跡的に一致して、大成功する人もいる。
野球少年がプロ野球選手になることもあるし、ゲーム好きがゲーム会社を作ることもある。
だが、あれはニュースになるから目立つだけだ。
ニュースにならない無数の失敗例は、静かに消えていく。
宝くじの当選者だけ見て、「よし、俺も全財産で勝負だ」と言っているようなものだ。
少々分が悪い。
むしろ大半の人間にとっては、
「そこそこ得意」
「そこそこ需要がある」
「そこそこ給料がいい」
くらいの仕事が一番幸せなのではないかと思う。
仕事は仕事。
趣味は趣味。
人生は人生。
全部を一つにまとめる必要はない。
好きなことを仕事にした結果、その好きなこと自体が嫌いになるケースも珍しくない。
釣りが好きだった人が釣具店で働いて釣りが嫌いになったり、ゲームが好きだった人がゲーム業界に入ってゲームを見たくもなくなったりする。
むしろ「好き」を守るために仕事にしないという選択肢だってある。
そんなことを考えながら、農業の動画を最後まで見た。
コメント欄には、
「夢を追い続けてください!」
「諦めないで!」
という励ましの言葉が並んでいた。
立派な話だと思う。
ただ、私ならこう言う。
「無理そうなら、普通に就職した方がいいですよ」
夢も大事だが、家賃はもっと大事だ。
人生には理想より先に払わなければならない請求書がある。
結局のところ、「好きを仕事に」は成功した人が後から語ると格好いい言葉であって、これから生き方を選ぶ人へのアドバイスとしては少々危険すぎる。
だから私は今日も、そこまで好きでもないITの仕事をする。
そして稼いだ金で、本を買ったり、旅行したり、YouTubeを見たりする。
考えてみれば、物理学者にはなれなかったが、好きなことは今でも普通に楽しめている。
もしかすると、
「好きを仕事にする」よりも、「仕事で好きなことを養う」の方が、よほど再現性の高い人生設計なのかもしれない。