AIを使うなら、品質に妥協しないこと

先日、AI利用に関する記事を読んだ。

内容としては、

という話。スタンフォード大学って書いてあったので、アメリカの話

もちろん、こういう社会学系の研究は自然科学みたいに絶対ではないので、

「まあ、そういう傾向はありそうだよね」

くらいで受け止めるのが正しいと思う。

ただ、かなりリアリティはある。


一番重要だと思ったのは、

「見た目は完璧だけど、中身がないものを出すと信頼を失う」

という部分。

AIを使ったこと自体が問題ではない。

問題なのは、

状態で、そのまま出すこと。

別に誰も「AI使いましたね」とは言わない。

でも、なんとなく伝わる。

「あ、この人、AIに丸投げしてるな」

と。

そして一度そう思われると、 次から全部疑われる。


これ、エンジニアだともっと危険。

例えば、

でも、

みたいなコード。

AI時代はこういうコードが大量発生すると思う。

特に危険なのが、

「動いてるからOK」

で終わるケース。


もっと怖いのは、 レビューで突っ込まれた時。

「このロジック、なんでこうなってるの?」

と聞かれて、

「AIが作ったのでわかりません」

状態になること。

これ、かなり危険。

プログラマとしての信頼が一気に落ちる。


昔は、

みたいなものが強さだった。

でもAI時代は違う。

むしろ重要なのは、

のほう。

つまり、

「作る能力」より「壊れてることを見抜く能力」

の価値が上がっている。


私も Anthropic の Claude Code をかなり使っている。

確かに爆速。

昔なら数日かかる実装が、一気に形になる。

でも、そのまま信用すると危ない。

だから結局、

を行う必要がある。もちろんAIのコード生成に合わせて毎回やってたら人間がボトルネックになる。 なので粒度を上げる、頻度を下げる形で定期的に人間側がチェックを行うべき。

そこをサボると一気に事故る。


AIを使うな、という話ではない。

むしろ逆。

AIは使ったほうがいい。

ただし、

「AIが作ったものに責任を持つのは自分」

という感覚がないと危険。

AI時代に評価される人は、

AIを使わない人ではなく、

AIを使っても品質を落とさない人

なのだと思う。