対立したイラン、受け入れた日本
よく見るYOUTUBEの歴史解説チャンネル、今回はイランがなぜ欧米と対立するのか?を解説していた。
まあ、宗教が原因なのだが、イスラム教とキリスト教が対立してるという単純なものではない
イスラム教ではイエスは預言者として認められている、もちろんイスラム視点からのイエスなので、欧米のソレとはまったく違うが。
対立の根本は、宗教ではなく、神の言葉を無視して人間の価値を打ち出した、衆愚政治こそが問題というロジック
つまり
民主主義 自由と平等 政教分離 個人主義
などのような近代的な思想自体が、イランにとっては受け入れ難いということらしい。
少し、話を変える
日本では最近、北欧についてのイメージが180度変わっているようだ。とくにネット言論において。
一時期、日本では北欧が理想郷みたいな扱いだった。
高福祉、高負担、幸福度世界一。
本屋に行けば北欧礼賛の本が並び、テレビでも「日本も見習うべきだ」という話をよく見かけた気がする。
もちろん学ぶべき部分はたくさんあるのだろう。
ただ最近は、移民問題や経済の停滞、社会の分断など、これまであまり語られてこなかった部分も普通に報道されるようになった。
決定的なのはフィンランドのミスユニバース代表や政治家が東アジア人差別を肯定する動画をSNSに流して日本国内でもSNSを中心に荒れた
そもそもは中国人に対する侮辱だったが日本人も侮辱されたと感じた
綺麗事を言ってもレイシストじゃん!あいつら
自分の理想の国を、見ず知らずの国に反映し、勝手に裏切られたと騒いでる構図である。少し滑稽でもある。
そもそも、この世に天国なんてないのだと思う。
どんな制度にも副作用はあるし、どんな国も悩みを抱えている。
このような流れを、日本の保守化と危惧する議論もあるのだが、
考えてみると、日本は昔からこういうことを繰り返している。
古代は中国だった。
律令制や仏教を学び、一生懸命取り入れた。
でも最終的には平安文化という独自の形になった。
江戸時代もそうだ。
直前に戦国時代があり、外国の文化に人々の関心が向いた時期がある。
中国からは工芸品や朱子学思想、スペイン、ポルトガルからはキリスト教である。
だが最後には江戸時代という、鎖国をする体制に落ち着いた。 ただ、キリスト教こそ禁止されたが、朱子学や蘭学(実利的なヨーロッパの学問)は鎖国の中でも残っていく。
近代になると今度は欧米だった。
明治以降はヨーロッパを手本にし、第二次大戦後はアメリカを手本にした。
しかしインターネットによって向こうの実態がそのまま見えるようになると、理想化は急速に薄れていった。
日本人は昔から「先生」を探すのが上手い。
良いものを見つけると素直に学ぶ。
そして学び尽くした頃に、その限界にも気付く。
その後でようやく「自分たちはどうするのか」を考え始める。
歴史を見ると、このパターンの繰り返しに見える。
だから最近見られる保守回帰の動きも、単なる懐古主義とは少し違う気がしている。
欧米の制度も万能ではない。
北欧モデルも万能ではない。
それを理解した上で、「では日本はどうあるべきなのか」を考え始めている。
そういう健全な揺り戻しにも見える。
良いものは素直に取り入れる。
しかし盲信はしない。
たぶん、そのくらいがちょうどいい。
北欧神話が終わり、アメリカ礼賛も終わりつつある。
私たちはようやく「他人の物語」を生きるのをやめようとしているのかもしれない。
最初のイランの話に戻る。
イランは欧米近代に対して、かなり正面から「それは違う」と言った国なのだろう。
日本はそこまで正面からは言わない。
とりあえず受け入れる。
すごいですね、勉強になります、と言いながら取り入れる。
そして何十年か経ってから、
「あれ、これ本当にうちに合ってる?」
と言い始める。
イランほど強く拒絶するわけではない。
しかし日本もまた、欧米近代を完全に信仰しているわけではない。
受け入れたふりをしながら、少しずつ自分たちの形に変えていく。
良くも悪くも、それが日本のやり方なのかもしれない。