AI時代に生き残るのは「職種」ではなく「メンタル」なのかもしれない

最近、「これからはブルーカラーの時代だ」という話をよく見る。

AIがホワイトカラーの仕事を奪う。 だから、これからは現場仕事をしている人の価値が上がる――という論調だ。

もちろん、それ自体は一理あると思う。 でも、個人的には少し違和感がある。

今日は、その違和感について書いてみる。


「ブルーカラーなら安泰」は、そんな単純じゃない

AIがコードを書き、資料を作り、翻訳をして、事務作業を代替する。 実際、自分も毎日AIを触っているので、「これは確実に仕事の構造変わるな」と感じている。

ただ、その結果として「配管工や清掃員の給料がみんな爆上がりするか」というと、そんな単純な話ではない。

もし1年程度の学習で入れる仕事なら、失職したホワイトカラーが大量に流れ込む。

市場原理なので、人が増えれば賃金は簡単には上がらない。

昔からそうだが、「誰でも参入できる領域」は、結局競争になる。


同じブルーカラーでも、世界が違う

あと、「現場仕事」と一括りにされがちだが、実際はかなり違う。

例えば、何十年も修行した職人の世界。

電気でも建築でも、トップ層は本当に別世界だ。 あれは単純労働ではない。

長年の経験、勘、現場対応、人脈、安全管理。 AI以前に、素人が急に入ってどうにかなる世界ではない。

一方で、比較的短期間で参入できる肉体系の仕事もある。

こちらは、生活はできても、「みんなが憧れる高収入層」になれるかというと別問題だと思う。

結局、どの業界でも「簡単に代替できない人」が強い。

それは昔から変わっていない。


結局、最後に効いてくるのはメンタルでは?

最近むしろ思うのは、AI時代に重要なのはスキルだけではなく、「心理的な割り切り能力」なんじゃないかということだ。

たとえば、昨日までオフィスでパワポを作っていた人が、明日から現場仕事に入れるか。

あるいは、プライドを捨てて、他人が嫌がる仕事を淡々と続けられるか。

これ、言うほど簡単ではない。

「ホワイトカラーが仕事を失ったから、じゃあ明日から便所掃除やります」と、人間そんな綺麗に切り替わらない。

仕事には、収入だけじゃなく、自己イメージとかプライドとか社会的立場が絡む。

だから実際には、「できる・できない」より前に、「精神的に耐えられるか」が問題になる。


「嫌なことをやれる人」は、昔から強い

これ、別にAI時代に限った話でもない。

昔から、他人が嫌がる仕事を淡々と回せる人は強かった。

たとえば、クレーム対応。

こう書くと、一見「それって我慢できれば誰でもできる仕事では?」と思うかもしれない。

実際、本当に何のスキルもいらず、誰でも明日からできる仕事だと、嫌がられる仕事でもそこまで強くはない。

誰でもできるなら、結局は人が流れ込むからだ。

価値が出るのは、その中でも「嫌がられる」うえに「簡単には任せられない」場合だと思う。

たとえば、フィリピンのコールセンターで、日本人向けの電話クレーム対応をする仕事。

現地の人より日本人スタッフの方が人件費は高い。

英語ができるから高い、という話ではない。

日本語で、日本人のクレームに対応できるから高い。

怒っている相手の言葉のニュアンスを読み取り、失礼にならない距離感で謝り、会社として言えることと言えないことを分け、最後に落とし所を作る。

これは単に「我慢強い」だけではできない。嫌な仕事で参入障壁があるから高い。

もちろん、日本の賃金水準から見れば安い。

それでもフィリピンでは高収入側になる。

だから、フィリピンに移住した日本人にとって、最初の仕事になりやすいそうだ。

誰にでも任せられるわけではない、でも嫌な仕事。

だから、供給不足になる。

結果として、そこに価値が生まれる。

AI時代になっても、結局この構造はそんなに変わらない気がしている。


最後に

結局、生き残る人って、「流行の職種」に飛びついた人ではなく、

「現実を受け入れて、自分ができることを淡々とやれる人」

なのかもしれない。

プライドを完全に捨てろとは思わない。 でも、環境変化に対して「これは俺の仕事じゃない」と言い続けると、時代の方が先に変わっていく。

AI時代って、技術の競争に見えるけど、最後はかなり人間のメンタル勝負な気がしている。