監視という仕事と、私が選ばなかった道

今度、昔在籍していた会社の同窓会がある。

当時の開発メンバーだけでなく、一緒にプロジェクトを支えてくれていた協力会社の方々も来るらしい。その中には、システム監視を担当していたチームの人たちもいる。

その話を聞いて、少し昔のことを思い出した。

夜中の電話は嫌だった

正直に言う。

当時、監視チームからの電話は嫌だった。

彼らに何の罪もない。

だが、彼らから電話が来る時は、だいたい障害が起きている。

深夜。

休日。

せっかく仕事を忘れている時間。

携帯が鳴る。

例の番号が表示される。

「ああ、終わったな」

と思いながら電話を取る。

エンジニアなら一度くらい経験があるのではないだろうか。

もちろん、そこで怒っても仕方がない。

むしろ監視担当の人たちは状況を整理して伝えてくれる側だ。

だから当時、協力会社を選ぶ時には妙な基準があった気がする。

技術力も大事だが、それ以上に「感じの良い人たち」であること。

障害対応中に不機嫌な人や高圧的な人と話すのは本当に消耗する。

落ち着いて状況を伝えてくれる人は、それだけでありがたかった。

若い頃の私は監視を選ばなかった

学生時代の友人に、新卒で監視の仕事に就いた人がいた。

「暇な時はゲームしてるよ」

と笑っていたのを覚えている。

当時の私は少し羨ましいと思った。

一方で、自分はその道を選ばなかった。

理由はわかりやすい。

給料だ。

そしてキャリアだ。

綺麗事を言うつもりはない。

若い頃の私は、監視よりも設計や開発の方が給料が上がると思っていたし、実際そうだった。

IT業界は良くも悪くも、難しいことをやる人の方が高く評価される。

監視より構築。

構築より設計。

そういう世界だ。

だから私は開発側に進んだ。

今振り返っても、その選択は間違っていなかったと思う。

もし人生をやり直しても、おそらく同じ道を選ぶ。

ただ、今は少し見方が違う

若い頃の私は、監視という仕事を少し軽く見ていたところがあった。

画面を見ている人。

アラートが鳴ったら電話する人。

その程度に思っていた。

だが、実際に運用に長く関わると考え方が変わる。

システムは作っただけでは終わらない。

むしろ稼働してからの方が長い。

そして障害は、こちらの都合などお構いなしに夜中や休日を狙ったように発生する。

そんな時、一番最初に異常を検知するのは監視担当だ。

開発者は寝ている。

インフラ担当も寝ている。

だが監視席には誰かがいる。

考えてみれば、なかなか大変な仕事である。

それでも私には無理だ

ただ、ここまで書いておいて何だが、やはり私には向いていないと思う。

重要な仕事だとは思う。

必要不可欠な仕事だとも思う。

でも、仮に開発者と同じ給料が出ると言われても、私はやらないだろう。

私はたぶん、待つのが苦手なのだ。

異常が起きるのを監視するより、異常が起きないような仕組みを作っている方が楽しい。

監視画面を見るより、監視システムを作っている方が好きだ。

これは優劣ではなく性格の問題だと思う。

消防士を尊敬していても、自分が消防士になりたいとは限らない。

それと似たようなものだ。

同窓会で聞いてみたいこと

あれから何十年も経った。

あの監視メンバーは今どうしているのだろう。

監視を続けているのか。

運用設計に進んだのか。

それともインフラや開発に転向したのか。

少し興味がある。

当時は電話が鳴るたびに「勘弁してくれ」と思っていた。

だが今なら、あの電話の向こう側にいた人たちの苦労も少しは想像できる。

同窓会では、そのあたりも含めて昔話をしてみたい。

もっとも、まだ夜中の電話が鳴る仕事ありますよ、今からどうですか?と言われたら私は全力で断る。