「言語能力の低さ」と「頭の良さ」は別物。でも人は混同する

ちょっと正直な話を書く。

これ、理屈ではわかってるけど、感覚としてどうしても切り離せない話。


■ 外国語になると「バカに見える」問題

母国語じゃない言語で話している人って、どうしても少しバカに見えてしまうことがある。

これは差別とかそういう話じゃなくて、かなり本能に近い感覚だと思っている。

例えば自分は日本語話者だけど、

こういう人に対して、ふと

👉「この人、あまり頭良くないのでは?」

と感じてしまうことがある。

もちろん、理性ではわかってる。

👉 それは言語能力の問題であって、知能の問題ではない

でも、感覚は別。


■ なぜそう見えるのか

理由はシンプルで、

👉 コミュニケーションしづらい = 理解しづらい

だから。

人間は理解できないものに対して、

👉 「能力が低い」とラベリングしがち

これはもうバグみたいなもの。


■ 自分も同じように見られている

ここが重要。

自分が英語で話すとき、

つまり、

👉 自分も同じように「バカに見えている可能性がある」


■ だから英語で仕事をしたくなかった

正直、昔は英語で仕事をするのが嫌だった。

理由はシンプル。

👉 能力ではなく「言語」で評価されるのが嫌だったから

本来できることが、うまく伝えられない。

これ、かなりストレス。


■ AIで状況が変わった

最近はここが変わってきた。

👉 AIで言語の弱さを補強できるようになった

これによって、

👉 「言語能力」ではなく「本来の能力」で勝負できる環境ができてきた


■ この記事も実はAIを使っている

ちなみにこの記事も、

👉 文法や表現はAIでチェックしている

もしそのまま書いていたら、

👉 おそらく不自然な表現だらけ


■ 本質はここ

今回言いたいことはシンプル。

👉 言語能力の低さと、頭の良さは完全に別物

でも人間は、

👉 それを簡単に混同する


■ これからの時代

AIが入ることで、

つまり、

👉 「本来の能力」で評価されやすくなる時代になる


■ まとめ


■ おまけ(個人的な気づき)

これに気づいてから、

👉 「この人、言語で損してるだけだな」

と一歩引いて見れるようになった。

そして同時に、

👉 自分も同じように見られている前提で動くようになった


こういう「わかってるけどやってしまうバイアス」って、 意識するだけでかなり変わる。