信濃のど田舎で考えた、日本人の原型
週末、長野県の諏訪市に泊まった。昔は信濃と言われた地域である。
本来は別の場所を観光する予定だったのだが、あいにくの雨。
仕方がないので予定を変更して、この街を歩いてみることにした。
諏訪といえば全国的には有名な神社がある。
諏訪大社
日本最古級とも言われる神社だ。
七年に一度行われる御柱祭では、巨大な木を山から切り出し、人が乗ったまま坂を滑り降りる。
日本人なら映像で見たことがある人も多いだろう。
実際に訪れてみると、神社そのものも素晴らしい。
すべて山の中腹にあり、建物というより山そのものが信仰の対象になっている。
巨木があり、森があり、水がある。
神社が自然の中に存在しているというより、自然の一部として存在している。
しかし今回、私が印象に残ったのは神社よりも街の人たちだった。
朝歩いていると、見ず知らずの人から
「おはようございます」
と声をかけられる。
コンビニを探してキョロキョロしていたら、
「何か探してるんですか?」
と聞かれる。
スターバックスの店員も妙にフレンドリーだった。
まあ、最後はスターバックス文化かもしれない。
それでも全体的に人が親切だった。
長野県は昔から教育県として有名だ。
読書量や学力の話題になると、だいたい上位に出てくる。
だから最初は、
「教育が行き届いているからかな」
とも思った。
ところが調べてみると面白い話がある。 800年くらい前に各地域の武士気質を評価した書物の中で、信濃国の武士は
「律儀である」 「約束を守る」 「嘘をつかない」
とかなり高く評価されているらしい。
もちろん昔の記録なので割り引いて読む必要はある。
しかし少なくとも、
「長野県民は真面目だ」
というイメージは最近できたものではないようだ。
800年近く前から言われていた可能性がある。
筋金入りである。
さらに面白いのは諏訪の歴史だ。
諏訪は単なる神社ではない。
中世まで、500年くらい前までは神社と政治が一体化していた。
祭政一致である。
現代人には想像しにくいが、神を祀ることと社会を運営することが同じだった。
ある意味では宗教組織が政治権力でもあった。
だから諏訪大社は単なる観光地ではなく、地域社会そのものの宗教の中心だった。
そしてここで私は少し妄想を始めた。
諏訪大社は日本の先史時代、縄文文化との連続性を指摘する説もある。
もちろん学術的には議論がある。
ただ実際に歩いていると、
「自然そのものを神として扱う感覚」
が非常によく残っている。
巨大な木。
岩。
山。
水。
自然そのものが信仰の対象になる。
これは海外の一神教とはかなり違う。
神が自然を作ったのではなく、自然の中に神がいる。
そういう感覚だ。
海外では日本人に対して
「真面目だ」 「約束を守る」 「信頼できる」
という評価がよく聞かれる。
もちろん全員ではない。
日本人だって嘘をつくし、ズルもする。
だが国際的な評判としては確かにそういう傾向がある。
なぜそうなったのか。
私は諏訪の森を歩きながら、
もしかすると源流はこういう場所にあるのではないかと思った。
自然の中に神を見る。
誰も見ていなくても山の神は見ている。
村全体で祭りを維持する。
巨木を何世代も受け継ぐ。
共同体を壊さない。
そういう価値観が何百年、何千年も積み重なった結果が、今の日本人の気質の一部になったのかもしれない。
もちろんこれは歴史学ではなく、旅先での妄想だ。
だが諏訪の森の中を歩いていると、不思議とそんなことを考えてしまう。
AIだのSNSだの言っている現代日本人も、たどっていけば巨木を神様として拝んでいた人たちの子孫なのだ。
そう思うと、諏訪の大木が少し違って見えてくるのである。