伝えるための「引き算」——100の情報を20にまで間引く勇気
さっき、自分で作った資料を見返していて、ふと思った。
「文字、多すぎるな……」
昔の自分は、とにかく全部書いていた。 エンジニアという仕事柄、「漏れがないこと」が正義だと思っていたからだ。
例外処理。 前提条件。 補足事項。 エッジケース。 過去の経緯。
「ここを省略すると誤解されるかもしれない」 「あとで突っ込まれたら困る」
そんなことを考えて、どんどん情報を盛っていく。
結果、完成するのは“超頑張って作ったのに誰も読まない資料”だった。
正直、昔は 「ちゃんと読めばわかるのに」 と思っていた。
でも最近、ようやく理解した。
人は、そんなに大量の情報を受け取れない。
こちらが100投げても、相手に届くのはせいぜい20〜30。 下手すると、情報量が多すぎて0になる。
これは別に相手が悪いわけじゃなくて、人間の脳の仕様なんだと思う。
考えてみれば当たり前で、 プレゼントでも、巨大な荷物を突然10個渡されたら困る。
情報も同じだ。
受け取れるサイズにしないと、相手は処理できない。
最近は、 「資料作成って、文章を書くというより彫刻に近いな」 と思うようになった。
まず最初は、全部作る。
100の情報を出し切る。 漏れなく整理する。
でも、本番はそこから。
そこから 「本当に必要な芯はどこか?」 を探して、削る。
削る。 ひたすら削る。
昔の自分は、 「情報を減らす=手抜き」 みたいな感覚があった。
でも今は逆で、 「相手の時間を奪わないための配慮」 なんだと思っている。
もちろん難しい。
削ると、 「これ省略して大丈夫かな」 という不安が出る。
特にエンジニアは、 正確性を守ろうとする職業だから、 全部説明したくなる。
ただ、最近は思う。
怖いのであれば、詳細版を別資料として持っておけばいい。
まず相手に渡すのは、“最小限で理解できる本編”。 細かい仕様や補足は、必要になった時に参照できれば十分だ。
映画でも、本編と設定資料集は別れている。
最初から設定資料集を全部読ませようとしても、誰もついてこない。
でも、全部説明した結果、 誰も動けなくなるなら意味がない。
最近は、PowerPointのスライドを作る時、 「あと70%削れないか?」 を考えるようになった。
知識を見せるための資料じゃなく、 相手に動いてもらうための資料を作る。
たぶん、それが“伝える”ということなんだろうなと思う。
……と、ここまで書いてから気づいた。
この文章も、あと70%くらい削れるかもしれない。