成功法則との「正しい距離感」——なぜ人は何度でも自己啓発に惹かれるのか

「強く願えば叶う」は、そこまで単純ではない

世の中には、いわゆる「成功法則」が溢れている。

もちろん、完全に否定する気はない。

正直いうと、うまくいかない時はそうゆうものに縋りたくなる自分がいる。

ただ、我々は結局のところ、物理世界に生きているのだ。

どれだけ前向きでも、病気になる時はなる。 事故にも遭う。 景気にも左右される。 努力しても、タイミングが噛み合わないこともある。

人生は、思考だけで自由自在にコントロールできるほど甘くない。

それでも「無意味」ではない

とはいえ、成功法則が全部インチキかというと、それも違うと思っている。

例えば、

という意味では、一定の効果はある。

人間は、完全に合理的な機械ではない。 「自分はできるかもしれない」と思えるだけで、実際に行動量が変わることはある。

だから、ある種の“お守り”として使うなら、そこまで悪いものではない。

問題は、それを万能の真理として扱い始めた瞬間だ。

成功法則ビジネスの危うさ

成功法則ビジネスが強いのは、構造的な理由がある。

100人に「この方法で成功できます」と言う。 そのうち10人くらいは、偶然や才能やタイミングも含めて本当に成功する。

すると、その10人が「この方法のおかげです!」という実例になる。

そして、その成功事例を広告塔にして、さらに次の100人を集める。

一方で、失敗した90人はどうなるか。

静かに消える。

「行動力が足りなかった」 「信じ切れなかった」 「努力不足だった」

そう処理されて、存在しなかったことになる。

これは典型的な生存者バイアスだ。

「成功者だけが見えている」世界

戦争から帰還した飛行機の有名な話がある。

弾痕が多い場所を補強しようとしたら、統計学者がこう言った。

「違う。そこに穴が空いていても帰ってこれた機体だ。本当に危険なのは、“穴が空いたら帰ってこられなかった場所”だ」と。

成功法則も似ている。

我々が見ているのは、あくまで「帰還できた側」の人間だ。

Youtubeで「この方法で成功しました!」と言っているのは帰還できた人たちなのだ

では、どう付き合えばいいのか

個人的には、成功法則は、

「現実を無視する宗教」ではなく、「心を保つ補助輪」くらいでちょうどいい

と思っている。

未来を信じる。 前向きに考える。 行動する。

それ自体は悪くない。

ただし同時に、

みたいな、どうしても存在する「物理法則」からは逃げられない。 どれだけイメージしても火星旅行にはいけないのだ(イーロンマスクならいける?)

そこを無視して、「願えば叶う」と言い切り始めると、だんだん危うくなる。

最後に

世の中には、本当に努力しても報われなかった人が大量にいる。

しかし、その人たちは本を書かない。 セミナーにも出ない。 YouTube広告にもならない。

だから、我々の視界には「成功した人」ばかりが映る。

でも、本当はその裏に、語られなかった無数の失敗が積み上がっている。

その現実を忘れずに、それでも少し前向きに生きる。

たぶん、それくらいの距離感が一番健全なのだと思う。