新幹線とリニアを見ていると、人間は本当に都合がいいと思う

最近、日本では北陸新幹線をどのルートで通すかでニュースになっている。 こっちを通せ、うちは嫌だと大騒ぎである。

そんなニュースを見て、ふと思った。

人間というのは、本当に都合よく理屈を作る生き物だ。

日本には現在、二つの大きな高速鉄道計画がある。

一つは北陸新幹線を大阪まで延伸する計画。

もう一つは、東京と大阪を時速500kmで結ぶリニア中央新幹線である。

この二つを見比べていると、各地域の本音が見えてきて面白い。

まず北陸新幹線。

現在、京都をどう通すかで議論が続いている。

京都は千年以上、日本の都だった歴史都市である。寺院や神社が数多く残り、地下水は日本酒や豆腐作りにも欠かせない。だから、「トンネル工事で地下水に影響が出るのではないか」という懸念が出ること自体は理解できる。

一方で、京都にはすでに東海道新幹線が通っている。東京からも大阪からも短時間で行けるし、観光客も十分すぎるほど多い。

しかも日本では、新しい新幹線を建設すると沿線自治体も建設費の一部を負担する。

京都から見れば、「これ以上お金を払ってまで新幹線はいらない」という考えが出てきても不思議ではない。

ここまでは筋が通っている。

ところが、リニアの話になると少し違和感がある。

リニアは東京と大阪を最短時間で結ぶことを目的として計画され、現在のルートでは京都を通らず奈良県付近を経由する予定になっている。

しかし京都では、以前から「リニアも京都を通すべきだ」という誘致活動が行われてきた。

そこで単純な疑問が浮かぶ。

北陸新幹線では地下水への影響を心配するのに、リニアなら問題ないのだろうか。

もちろん、工法もルートも違うので単純比較はできない。本当に影響が異なる可能性もある。

気になって少し調べてみた。

北陸新幹線では、地下水への影響を理由に京都仏教会などが反対の声を上げている。一方で、私が調べた範囲では、リニアの京都誘致に対して同じような強い反対声明は見つけられなかった。

私の調査不足なのかもしれない。

あるいは、最初から京都を通らない計画だったため、大きな議論にならなかっただけなのかもしれない。

本当の理由は分からない。

ただ、外から見ていると、「自分たちにメリットがある工事」と「そうでない工事」で、議論の熱量が違って見えるのも事実である。

少し意地悪な見方かもしれないが、人間というのは案外そういうものなのだろう。

そういえば、リニアのルート選定でも忘れられない出来事がある。

十年以上前、長野県を通る、明らかに遠回りなルートを主張していた人がテレビでこう話していた。

「これからの時代、そんなに急ぐ必要はありません。」

思わず笑ってしまった。

リニアは、急ぐために作る鉄道である。

その目的を否定してしまったら、話はそこで終わってしまう。

もちろん、本音はもっと単純で、「長野にも駅を作ってほしい」ということだったのだろう。駅ができれば、企業誘致や観光振興につながり、人口流出を少しでも食い止められるかもしれない。自治体として誘致したくなる気持ちは理解できる。

ただ、その本音を「急ぐ必要はない」という理屈で説明されると、冗談を言ってるのかというレベルで理屈に合わない。

私はインフラのニュースを見るたびに思う。

鉄道計画というのは、技術や工学の話ではない。

地域の本音を観察するには最高の教材である。

環境問題も、歴史も、文化ももちろん大切だ。

ただ、それ以上に強いものがある。

「自分の地域が得をするか、損をするか」。

結局、多くの理屈は、その答えを後から正当化するために作られているように見えてしまう。