オフショア開発の黄昏と、少し不思議な気持ち

AIにコードを書かせながら仕事をしていて、ふと昔のことを思い出した。

もう20年近く前になるだろうか。

当時、私はオフショア開発の現場でブリッジエンジニアをやっていた。

今の若い人にはあまりピンと来ないかもしれないが、当時のIT業界では「開発を海外に出す」のが流行していた。日本のエンジニアは高い。だから海外で開発すればコストが下がる。そんな理屈だった。

私は日本と海外の開発チームの間に立ち、仕様を説明したり、成果物をレビューしたりしていた。

その頃、メンバーによく言っていた言葉がある。

「オフショア先のエンジニアが書いたコードを、人間が書いたものだと思うな。ロボットが作ったコードだと思って全部疑え」

今なら大問題になりそうな発言だが、当時は本気でそう思っていた。

もちろん相手を馬鹿にしていたわけではない。

ただ、文化も言語も違う相手に仕様を伝える以上、こちらが当たり前だと思っていることは何一つ伝わっていない前提で確認しなければならなかった。

コードレビューも徹底的にやった。

仕様書も細かく書いた。

「こんなの言わなくても分かるだろう」が通用しないからだ。

そして今。

私は毎日AIにコードを書かせている。

気が付くと、あの頃と同じことをやっている。

AIが書いたコードをレビューし、仕様とのズレを確認し、怪しい部分をチェックする。

違うのは相手が海外のエンジニアではなく、本当にロボットになったことくらいだ。

昔は比喩だった。

今は現実である。

しかも厄介なことに、AIの方が当時のオフショア開発チームより優秀な場面すらある。

文句も言わない。

時差もない。

深夜でも働く。

数秒で成果物を返してくる。

20年前にこんな話をしたら、誰も信じなかっただろう。

そう考えると、オフショア開発という仕組みもずいぶん厳しい時代になった。

昔は「安いから」という理由があった。

しかし今は日本の賃金も昔ほど高くないし、AIが大量の実装を肩代わりしてくれる。

コミュニケーションコストを考えると、わざわざ海外に投げる理由は以前ほど大きくない。

AIがコードを書くようになったからこそ、「何を作るのか」「どこに気を付けるのか」「この仕様の裏に何があるのか」を考える人の価値は上がっている。

そのなかで、実装だけをわざわざ外国に委託する必要はなくなったということだ。

結局、最後に残るのは人間同士の理解なのだろう。

仕様書には書いていない空気。

会議での一言。

顧客の微妙な表情。

「あ、この案件はここが危ないな」という経験則。

そういうものは今でもAIにはなかなか伝わらない。

昔、私はオフショア先を「ロボットみたいだ」と言っていた。

そして今、本物のロボットと仕事をしている。

人生というのは、なかなか面白い。

あの頃は冗談だった言葉が、まさか本当になるとは思わなかった。