今日はITの話はしない

今日はITの話はしない。

最近はAIだのクラウドだのばかり書いているので、たまには違う話を書く。

昔、大学院で素粒子物理をやっていたこともあり、今でもたまに物理学の記事を読むことがある。

さすがに論文そのものは読めないが、科学雑誌やネットの記事などである。

そんな中で面白い記事を見つけた。

ヒモ理論を補強するような論文が出たらしい。

そもそもヒモ理論とは何か

ヒモ理論というのは、宇宙を構成する最も基本的な粒子は「点」ではなく、極めて小さな「ヒモ」だと考える理論だ。

電子もクォークも、本当は同じヒモの振動状態の違いに過ぎない。

さらに、この理論の魅力は重力を自然に含められることにある。

現在の物理学は量子力学と一般相対性理論という二つの巨大な理論で成り立っているが、この二つは完全には統合できていない。

ヒモ理論はその統一候補として長年研究されてきた。

物理学の「究極理論」候補の一つと言っていい。

ただし大きな問題がある。

実験的な証拠が見つかっていないことだ。

だからヒモ理論は何十年も、

「美しい理論なのは分かるが、本当に正しいのか?」

と言われ続けてきた。

ヒモを仮定していないのにヒモが出てきた

論文のタイトルは

“Strings from Almost Nothing”

研究者たちは最初からヒモ理論を仮定したわけではない。

粒子の散乱について、ごく基本的な条件だけを置いた。

すると計算の結果としてヒモ理論の特徴が自然に現れたらしい。

論文の著者は

“The strings just fell out”

と表現している。

理論屋としては興奮する話だと思う。

「ほら見ろ、やっぱりヒモ理論は特別なんだ」

と言いたくなる気持ちはよく分かる。

でも、それで正しいことにはならない

ただ、ここから先は私の個人的な感想だ。

この論文を読んで、

「ヒモ理論が証明された」

とは全く思わなかった。

なぜなら論文が示したのは、

「数学的に自然に出てくる」

であって、

「宇宙で本当にそうなっている」

ではないからだ。

もちろん数学は凄い。

相対性理論も量子力学も数学によって記述されている。

人類史上最強クラスの発明だと思う。

だが私は昔から、

数学は宇宙そのものではなく、

宇宙を理解するための道具だと思っている。

望遠鏡や顕微鏡と同じだ。

とんでもなく優秀な道具ではある。

しかし道具は道具でしかない。

数学と宇宙が一致する保証はない

物理学の歴史を見ると、

数学は驚くほど宇宙を正しく記述してきた。

だから我々は数学を信用している。

しかし、

今まで当たっていたことと、

永遠に当たり続けることは別問題だ。

地図と土地は違う。

どれだけ精密な地図でも現実そのものではない。

数学も同じだと思う。

ヒモ理論の数式がどれだけ美しくても、

宇宙がその通りにできている保証はない。

最終的に必要なのは実験だ。

実験屋は昔から同じことを言っている

ヒモ理論を巡る議論を見ていると、いつも思い出すことがある。

私が学生だった頃から、

理論屋は数式の美しさに興奮し、

実験屋は

「で、それ測ったの?」

と言っていた。

今回の論文も、私にはその延長線上に見える。

論文自体は面白い。

非常に面白い。

しかし実験結果ではない。

だから私は、

「ヒモ理論が正しかった!」

というニュースではなく、

「ヒモ理論は思った以上に数学的に魅力的らしい」

というニュースとして受け取った。

少しだけITの話に絡めると

物理学者には怒られるかもしれないが、この話には少し既視感がある。

IT業界でも、

設計書は完璧。

アーキテクチャは美しい。

理論上は何の問題もない。

レビューでも高評価。

そんなシステムはたくさんある。

だが、本番環境に出した瞬間に問題が見つかることも珍しくない。

我々エンジニアは知っている。

レビューを通ったことと、現実で動くことは別問題だ。

だから私はヒモ理論の話を聞くと、

理論屋が間違っているとも思わないし、

実験屋が意地悪を言っているとも思わない。

むしろ健全な姿だと思う。

「美しい理論ですね」

の次に、

「で、実際に動くんですか?」

と聞く人がいる。

そのやり取りこそが科学を前に進めてきたのだろう。

たぶんITも同じなのだと思う。