将軍って何だ?
先日、城の話を書いたので、今日は日本の歴史の話。
外国人からよく聞かれる。
「なんで日本には天皇と将軍がいるの?」
実は、日本人もちゃんと説明できない人が多い。
でも、感覚的にはこういうことだと思う。
「トップ」と「実際の権力者」は別であるべき
という感覚が、日本には昔からかなり強い。
天皇は「権力者」というより「正統性」の象徴
日本の天皇は、感覚としてはヨーロッパのローマ法王に近い。
もちろん役割は全然違うのだが、
「俗世の権力争いから距離を置く存在」
として扱われてきた。
政治を直接動かすというより、
「この国の正統な中心は誰か」
を示す存在。
だから、武士たちは権力を持っても、自分が天皇になろうとはあまりしなかった。
むしろ、
「天皇から任命された」
という形を欲しがった。
それが将軍。
将軍=軍事政権のリーダー
将軍の正式名称は「征夷大将軍」。
もともとは軍事司令官みたいな役職だった。
でも、武士の時代になると、
「武士による政府のトップ」
みたいな存在になっていく。
つまり、
- 天皇 → 正統性の象徴
- 将軍 → 実務のトップ
という分業。
一番わけがわからない鎌倉時代(1185〜1333年)
鎌倉時代になると、
- 天皇
- 将軍
- 将軍を補佐する執権
- その執権を出す北条家の当主が実際の政治をする(必ずしも執権ではない)
という多重構造になる。
つまり、
「名目上のトップ」と「実際に決めている人」がズレ続ける。
かなり不思議な構造。
でも、日本では割とこういうことが起きる。
理由の一つは、当時の武士たちが、もともと地方の武装勢力だったこと。
力はあっても、
「自分たちこそ国の正統な支配者です」
と言い切れるほどの血統や権威はなかった。
だから、天皇の権威を利用しつつ、実務を握る形になった。
「正当性」は力だけでは作れない
これは現代でも少し残っている気がする。
例えば会社でも、
- 社長より専務のほうが強い
- 実際は事業部長が全部決めている
- 創業者が裏で影響力を持っている
みたいなことがある。
名目上のトップと、実際の権力者が違う。
日本人は意外と、
「表向きの秩序」
を大事にする。
だから、
「トップの座を奪う」
より、
「トップを立てつつ実権を握る」
構造になりやすい。
将軍という存在は、その日本的な感覚が極端に表れたものなのかもしれない。
「神輿は軽い方がいい」
ちなみに、日本にはこんなスラングがある。
「神輿は軽い方がいい」
神輿(=担がれるトップ)は、軽い(=無能なくらいでちょうどいい)方がいい、という意味。
担ぐ側、つまり「実権を握る側」の本音が、極端に表れている。
トップが優秀すぎると、勝手に動いて担ぎにくい。
無能なくらいの方が、扱いやすくて都合がいい。
天皇と将軍、将軍と執権、執権と北条家——
日本の権力構造の本質は、案外この一言に集約されているのかもしれない。