【市場原理はどこへ?】米価高騰の裏にある「歪んだ構造」と、加速する米離れ
昨日、スーパーで米を買った。
5kgの値札を見て、一瞬固まる。高い。とにかく高い。
「そのうち落ち着くだろう」と思っていたら、気が付けば2年近く高止まりしたままだ。
去年も一昨年も普通に米は収穫されている。それなのに、一度上がった価格はまるでロケットのようだ。
打ち上げは成功したが、着陸する気配がまったくない。
普通の市場なら、供給が戻れば価格は下がる。
市場原理とはそういうものだ。
しかし、米だけは違うらしい。
確かに去年に比べれば少し価格も下がって入る。TVでは価格下落と言うが、3年前は半額だったのだ。
いまだって高い
倉庫に眠る米
最近よく言われているのが、流通段階で米が十分市場に出てこないという話だ。
倉庫に溜まっている米、そしてとある米卸売業者が、米が売れなくて困っているという発言をインタビューでして、当然のことながらネットは大炎上になった。
高いから買えないんだが?
高値で仕入れた米を今売れば損失になる。だから様子を見る。
ビジネスとしては正しいかもしれない。
しかし、結果だけを見ると、市場には十分な量が流れず、高値だけが維持されているように見えてしまう。
もっとも、この作戦には賞味期限がある。
あと数か月もすれば新米が収穫される。
倉庫には限りがある。古い米を抱えたままでは、新米を置く場所がなくなる。
市場に出さない自由はあっても、倉庫の容量まで無限ではない。
政府が助けてくれる?
高騰のピーク時に政府は備蓄米を放出し、価格の沈静化を図った。
本来なら市場への供給を増やし、価格を落ち着かせるための政策だ。
あの政策は失敗続きの日本政府の珍しい成功例だった。あれがなければパニックになってた。
だが、一部のコメ業者は「倉庫に米があまっていても、最後は政府が備蓄米として買い戻してくれる」と期待していると言われている。
高値のときに政府が介入したのだから、今回も介入すべきだとでも考えているのだろうか。
しかし、価格高騰によるパニックを抑えるための緊急介入と、民間企業の在庫損失を政府が救済することはまったく違う。
前者は市場の混乱を収めるための措置であり、後者まで当然だという前提なら、市場原理など最初から存在しない。
利益は民間、損失は税金。
それは市場経済ではなく、「負けそうになったら政府が助けてくれるゲーム」である。
そんなゲームなら、誰だって強気になる。
一番怒っているのは消費者
そして忘れてはいけないのが消費者だ。
米が高くなれば、パンを食べる。
パスタを食べる。
うどんを食べる。
実際、価格高騰を背景に輸入米や他の主食へ消費が流れる動きも報じられている。前年比で6%の消費減という報道もある。
一度変わった食生活は、簡単には戻らない。
値上げして利益を確保したつもりが、気付けば客そのものが減っていた。
商売としては、あまり美しい結末ではない。
目先の利益か、長期の市場か
日本の農業を守ることは大事だ。
農家にも適正な利益は必要だ。
しかし、それと流通段階で価格がいつまでも高止まりすることは別問題だ。
市場原理を掲げるなら、市場原理に従えばいい。
儲けた利益があるなら損失も甘受すべきだ
自由競争と言いながら、都合が悪くなると政府に助けてもらう。
そんな都合のいい資本主義があるなら、ぜひ私にも教えてほしい。